かがくののおと 10

有機化合物の形 2



  1. 窒素,酸素を含む有機化合物

     炭素,窒素,酸素を含む有機化合物は,s 軌道とp 軌道による 混成軌道を適用し,有機分子の構造を考えることができる.1s 軌道の2つの電子を除いた,外殻電子の数は,それぞれ,窒素 5 ,酸素 6 なので,sp3 混成軌道の場合,電子が 2 つ入る軌道が存在する.1つの軌道に電子が2つ入り,共有結合に関与しない電子対を,孤立電子対(ローンペア)と呼ぶ.孤立電子対は,共有結合は形成しないが,配位結合や水素結合などに関与し,分子の化学的性質に大きく影響する.

  2.   
     
      図 10.1 窒素原子にsp3 混成軌道を適用した場合.1つの軌道(緑)に電子2個入り,孤立電子対が1つできる. 図 10.2 酸素原子にsp3 混成軌道を適用した場合.2つの軌道(緑と紫)に,それぞれ電子2個入り,孤立電子対が2組できている.

    注意

     孤立電子対(ローンペア)も混成軌道による説明をもとにしているので,ほんとは正しくない.正しくないが,分子の性質をうまく説明できる場合が多いのでよく用いられている.正しくは,この場合も分子軌道法による取り扱いが必要である.

     

  3. 水  H2O

        
     
      図 10.3 4 つのsp3 混成軌道のうち,2つのsp3 混成軌道は,2つの水素とそれぞれ共有結合をしている.残る2つのsp3 混成軌道には,電子が2つづつ入り,孤立電子対となっている.孤立電子対のほうが反発が大きいので,H-O-Hの結合角は,109°より押し縮められて,約105°となっている.
      
     
      図 10.4 水の分子モデルと電荷の分布(青が負,赤が正)

     酸素原子と水素原子は,σ結合でつながっているが,結合にあづかる電子の分布は,酸素原子側に片寄っている.このため,分子全体としては,酸素側が幾分マイナスに分極している.電気陰性度から,この電子の偏り方を予想することができる.水は,分子の分極があるため,極性溶媒である.また,エタンやベンゼンのように分極がない分子は,非極性溶媒である.溶媒の極性を評価する場合は,双極子モーメントで評価することができる.

     水の2つのσ結合は,酸素側に電子を引き寄せられているため,水素原子の周りに電子の存在する割合が低くなっている.もともと水素原子は電子を1つしかもっていないので,共有結合の電子密度がひくくなると,それがそのまま,水素の大きさの縮小となる.このため,水の水素の大きさは,メタンやエタンの水素の大きさに比べて小さくなる.水素原子から電子を1つ取った残りは,プロトンであるが,こははすなわち水素イオンを放出しやすくなる.中性の水は,25℃のとき,10-7 mol /l 程度,水素イオンを解離している.

    水の分子軌道

  4. 電気陰性度

     同じ原子同士の化学結合であれば,軌道上に分布する電子の存在確率は,両方の原子に対して均等である.異なる2種類の原子の化学結合の場合には,電子の分布に偏りができる.この電子分布を知る指標が,電気陰性度である. Paulingの電気陰性度が良く知られている.2つの原子の値で,数値の大きい方が,電子を引きつける割合が大きい.電気陰性度は相対的な指標なので,およその傾向を知る目的では有益である.分子内の局部的な電子の偏りを知るのには,電気陰性度を使い,分子の外部に対する電子の偏りを知るのには,双極子モーメントを使うと良い. 詳細な電子の分布を調べるには,分子軌道法による計算が必要である.

       

  5. エタノール CH3CH2OH

     エタノールは,エタンの水素の1つを,水酸基 (-OH)で置き換えた構造である.原子と原子を結ぶ結合は,すべて,σ 結合である.σ 結合は,結合を軸として回転する事ができる.結合角は,おおむね109 °と思われるが,酸素原子には,ローンペアが2組あるので,ローンペアの電子反発で,C-O-H の結合角は,109 °より少し小さくなっていると思われる.メチル基の水素の結合角はどうなっいるか,考えて見よ.

    エタノールは,水のように極性を示す部分(水酸基)と非極性を示す部分の両方を持っているので,水と混合することもできるし,多くの有機物を溶かすこともできる.

      
     
      図 10.5 エタノールの分子モデルと電荷の分布(青が負,赤が正)

    エタノールの沸点は,約78.3 ℃であり,水の100℃と比べると,20℃以上低い.エタノールの分子量の方が大きいのに,エタノールの方が蒸発しやすいのは,分極が小さいからである.双極子モーメントのないエタンの場合は,沸点はさらに低い.

     表 10.1 物性値の比較

    名前沸点 (℃)分子量双極子モーメント (D)
    酸素-182.732.0-
    10018.01.94
    エタノール78.346.11.68
    ジメチルエーテル-24.846.11.23
    エタン-8930.1-
    プロパン-42.144.1-
    酢酸 (エタン酸)117.860.10.83

  6. 酢酸 CH3COOH

     酢酸は,メチル基(-CH3)とカルボキシル基(-COOH) で構成される.カルボキシル基の炭素の軌道は,sp2 混成軌道である.3つの軌道は,平面上に互いに120度の角度で広がっている.sp2 混成軌道に加わっていない,p 軌道は酸素とπ 結合で結びついている. カルボキシル基の炭素を中心に,メチル基の炭素,2つの酸素は,同一平面に存在する.炭素と酸素の1つは,2重結合を形成している.その他の結合は,σ 結合である.水素の結合している酸素原子は,アルコールであれば sp3 混成軌道 であるが,カルボキシル基の場合は,水酸基(-OH) の酸素のローンペアとカルボニル基(-C=O) のπ 結合 が共鳴しているため,2つの酸素原子の軌道は,両方とも,sp2 混成軌道になっている.

     炭素と炭素の結合は,σ 結合であるので,回転できる.

      
     
      図 10.6 酢酸の分子モデルと電荷の分布(青が負,赤が正)

     カルボキシル基の水素は,カルボニル基の影響で,水よりさらに電子密度が低下している.そのため,水素イオンとして解離しやすく,酢酸は,水よりは強い酸である.酢酸は,極性のため会合しやすく,融点と融点は水より高い.しかし,エタノールと反応して,酢酸エチル(CH3COOC2H5)となると,分子量はぐっと大きくなるが,非極性溶媒となり,融点と沸点は水より低くなる.

  7. アンモニア NH3

    アンモニアの窒素の軌道も,sp3 混成軌道をもとに考えることができる.窒素の4つの sp3 混成軌道の3つは,水素とσ 結合で結び付いている.窒素の残りの1つのsp3 混成軌道は,ローンペアとなっている.

      
     
      図 10.7 

     窒素に結合している水素原子も,水ほどではないが,電子が窒素側に引き寄せられ,小さくなっている.アンモニアは酸としての性質もあるが,ローンペアによって,塩基として働く.

  8. 不斉炭素

     炭素は,4つの共有結合を形成することができる.それらの4つの結合相手がすべて異なる場合,立体異性体の組み合わせになる.立体異性体になる,炭素原子を不斉炭素と呼ぶ.鏡像関係にある立体異性体に形を変えるためには,結合の1つが,一端切断されなけばならない.したがつて,我々の生活している温度では,入れ替わることはない.

      
     
      図 10.8 不斉炭素による鏡像異性体

     窒素も,ローンペアを含めて,4種類の広がりをもつことが可能なので,一見,立体異性体が存在するように思える.しかし,窒素を不斉中心とした立体異性体は,入れ替わることができる.窒素の軌道は,sp3 混成軌道であるが,結合を切断することなく,sp2 混成軌道の状態になることができる.実際の分子(タンパク質や核酸)では,ローンペアが他の π 電子と共鳴し,窒素の軌道の形は,sp2 混成軌道となっている.反転の障壁エネルギー

  9. アミノ酸

     アミノ酸は,不斉炭素に,カルボキシル基(-COOH)とアミノ基(-NH2),置換基,水素が結合している.各元素の軌道は,(カルボキシル基は除いて)基本的には,sp3 混成軌道である.我々生物は,各種のアミノ酸を部品としているタンパク質でできているが,アミノ酸の種類は,置換基の違いである.不斉炭素を中心とした立体構造は,基本的には同じである.不斉炭素に結合している,カルボキシル基とアミノ基,置換基は,σ結合で結びついているので,回転する事ができる.ただし,タンパク質になれば,ペプチド結合の部分にπ 結合が形成され,方向性が生じる.

      
     
      図 10.9 L-alanine図 10.10 L-alanine.カルボキシル基を上にして,アミノ基が左(前),水素が右(前)にしたとき,置換基は下で向こう側になる.
     


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Updated, June 23, 2006