男と女の釣り談義 |
80年代後半、おそらくは1987年にこの映像は放映されました。NHKの深夜番組「スタジオL」の一企画として開高さんとエッセイストの天野礼子さんが対談するというものでした。場所は京都の山里にあるしなびた民宿。酒精の力で一層饒舌になった開高さんは、天野さん相手に延々と話し続けます。聞いていてドキドキするような際どいコトバも累々と交えながら、その間合いといい、言い回しといい、さすが大兄と唸りたくなります。 これを見付けてくれた友人「OZA」が、ビデオに添えて、一筆「問わず語り」を記してくれました。想像力と創造力を存分に働かせて読む大人のためのフィクションです。それは、読む人の豊かな心の中に・・・。 |
かやぶきの宿。 部屋の中には薪の煙が立ち込めて、立っていると目がしみて開けられない。 天井も壁もヤニがこびり着いて甲虫の背のように真っ黒で、 柱時計も今何時なのか全く読めない。 ご主人の促すままに囲炉裏を囲んで座ると、 顔の表面がちりちりと焼かれてあたたかく、じっとだまってしまう。 しばらく薪がはじける音を小さく聞きながら、 宿の主人は、タバコの煙をゆっくりとくゆらせた。 大兄は、京都から直接このかやぶきの民宿にタクシーで乗り入れた。 NHKのスタッフ総勢30人。完全にセッティング済みの 現場に到着したときは、すでにポケット瓶のウヰスキーを 明けてきたらしく、ほろ酔い状態だったらしい。 NHKの女性ディレクターは、大兄の飲みっぷりに かなり気を遣っていて、宿のおかみさんに、 収録中に出す日本酒に水を混ぜるように指示を出していた。 収録は長時間に及び、終わった後もさらに飲み話は延々続いた。 そのときの話こそ本当に面白かったと、宿の主人は語ってくれた。 囲炉裏の上に、シカの肋骨を干して燻製にしたものがある。 主人はおもむろに立ち上がってナイフで紐を切り、 私に手渡した。 「開高さん、これをえらい気に入りはってなあ。 3つほど持って帰ってもろたんや。」 大兄にひとつ勧めると、いたく気に入った様子で、 べろべろに酔った大声でスケベ話をしながら、 バックのナイフでしばらく骨をこそげていたが、 誤って、指の先を深くえぐってしまったそうだ。 とめどなくあふれ出る血を見てすかさず、 傍らの女性が大兄の指をくわえて、血止めをした。 「アレは、ただならぬ関係やと確信したな・・・」 宿の主人は、遠い目をして、囲炉裏のふちでタバコを消した。 外でどさっと、雪の落ちる音がした。 |