造形表現教育実践講座 第12回 活動主題をもとにした題材設定と保育計画 |
作品1 「スーパー自転車に乗って」(5歳児) 「飛ぶことができるんだ!。みんなとお空へ遊びに行くよ。たくさん乗れるように電車みたいになっているよ。」
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1 活動主題と題材群の見直し 表現主題から活動主題へ 多くの幼稚園や保育所では、描画にせよ、製作活動にせよ、まずは表現するべき「主題(テーマ)」を与えて活動にはいることが多いようです。はじめて絵の具の混色を経験させるような時にでも、たとえば「鬼」などという主題を立てていることは珍しいことではありません。 しかし、それではせっかく色づくりの楽しさを味わっているのに、その一方で鬼を想像して描かなくてはなりません。混色の楽しさにどっぷり浸ることもできず、またはじめての混色経験ですから、思い通りに色が作れるわけでもないので、イメージ通りに表現するのはまだ難しいのです。 むしろ、混色そのものを遊びとして、絵の具のおもしろさや楽しさを心行くまで堪能させてあげる方が良いでしょう。こうした遊びを通してこそ、自由自在に色を作って使う技能が獲得できるのです。 逆に鬼をテーマにするのであれば、鬼を想像することを楽しめるようにしてやりたい。そのためには、まだ使い慣れない材料や技法にとらわれるのではなく、使い慣れ、自在に駆使できるものを使わせるほうがよいでしょう。 このように、何を描くかというような「表現主題」を掲げること一辺倒ではなく、子どもの側から、どのような活動を楽しむのかという「活動主題」をふまえた題材設定が大切なのです。 活動主題の見直しと整理 これらについては、すでに第一回「教育方法の改善と題材開発の視点」で詳しく述べています。そこでは、材料・行為・想の三つの活動主題を示し、これらのうち、その活動で楽しむ「軸」がどこにあるのかを明確にさせることによって題材設定の視点が定まり、保育のあり方が明確になって行くことについて述べました。 そして、「材料」と「行為」二つの活動主題を一つにまとめ「C:新しい材料や技法(行為)との出会いを楽しむ」として示しました。またもう一つの活動主題である「想」については、「A:命のつながりを感じる喜び」「B:想像の世界の中で楽しく遊ぶ」「D:伝える喜び」の三つの活動主題に分けて示しました。 しかし、この視点でこれまでとりくんできた題材を見直したり、新たに題材を開発したりしようとした時に、とまどいを感じる先生もおられたようです。 たとえば、「スーパー自転車に乗って」(作品1)の場合、「これまで、見たことのないすごい自転車」という投げかけから「どこがどんな風にすごいのか?」「誰とどこへ行こうか?」と想像を広げて行くことを楽しみます。 この題材は「B:想像の世界の中で楽しく遊ぶ」を活動主題とする題材群に分類されると考えられています。しかし子どもたちは、「僕、補助輪なしでも乗れるようになったよ!」と自慢したい気持ちや、「お友だちみんなが乗れる自転車でね、お空まで行くんだよ…」といっぱいお話をしはじめます。想像を膨らませながら、伝えたい気持ちも膨らんでいくのです。 そうすると、これは「D:伝える喜び」が活動主題になっているとも言えるのです。このように、活動主題は必ずしも一つに絞られるわけではなく、いくつかの軸が含まれる可能性もあるのですが、主たる軸をどこにおくかということは、活動のねらいをどこに置くのか、どのような活動をさせたいのかによって先生が判断するしかありません。しかし、「B:想像の世界の中で楽しく遊ぶ」はその上位にある活動主題「想像や発想を楽しむ活動」とほぼ同じ意味になります。そこでこうした混乱を防ぐために、もう一度活動主題と題材群との関係を見直し、整理し直してみました。(表1) 作品2 「ライオンさんが泣いているよ…」(4歳児) 「おいしいフルーツをいっぱい食べさせてあげたからもう泣かないで笑っているよ。子どももいっしょに喜んでいるよ。プレゼントもあげたよ。」
2 保育のねらいと子どもの遊び 課題から主題へ 何を描くのか、何を作るのか、の「何を」というのが「表現主題」です。たとえば「ライオン」という題材では、当然ライオンが主題であり、子どもたちに「今日はライオンさんを描きたいと思います。」などと導入しがちです。しかし、先生の側でなぜ今この子どもたちにライオンを描かさなければならないのか、その意味を十分に検討しているでしょうか? いつのまにか、先生が描かせたい絵の主題を一方的に押しつけているだけになっているのです。それは「主題」ではなく、先生が与える「課題」です。しかも、そこに教育的なねらいが明確にされていないことが多いのです。 ですから、子どもの楽しい遊びを軸とした「活動主題」と「ねらい」が明確にされていれば、「表現主題」を掲げること自体に問題があるとは言えません。大切なことは「主題」が子どもの側にあることなのです。ライオンを作品として描かせることを「課題」として子どもに与えるのではなく、ライオンが子どもにとっての「主題」になるように設定するのが題材なのです。 写真2では、「ライオンさんが泣いているよ…」と投げかけました。子どもたちは「なぜ泣いているの?」「お熱があるの?」「お腹が痛いの?」とまるで自分が泣いている時の事と重ね合わせて心配します。「実はね、ずーっと何にも食べてなくて、お腹がとても減っているんだって」と先生がお話を続けます。 この題材設定と導入の工夫によって、子どもたちは「おいしい物を食べさせてあげなければ!」と絵を描き始めます。そこには、自分が大好きなお菓子や果物が描かれ、それを食べて元気になって嬉しそうなライオンが描かれていきます。「寂しくないようにお友だちも描いてあげたよ」とか「こっちがお母さんでこっちが子どもよ」とまるで自分の事のようです。 4歳児らしい「いのちのつながりを感じて」表現を楽しんでいます。このように、それまでは先生に与えられた「課題」としての題材も、活動主題に基づいて題材設定しなおすことで、子どもの主体的な表現活動を引き出すことができるようになるのです。
活動主題―題材群一覧 表1の「活動主題―題材群一覧」では、まず造形表現の活動主題を「材料や技法との出会いや行為そのものを楽しむ」と「イメージを持って表現することを楽しむ」の二つに大きく分け、それぞれの活動主題に対応する保育のねらいを例示しました。 題材群では、「材料や技法との出会いや行為を楽しむ」がこれまでのCという中途半端な位置からAへ変更しました。 これは、二つに分けた活動主題の大きな軸の一つであり、造形遊びや技法遊びなど、幼児にとっての楽しい遊びを通して、材料の特性を理解し、行為を楽しみながら技能を経験的に獲得していくという基礎的基本的なねらいを内包した活動だからです。 またもう一方の大きな軸である「イメージを持って表現することを楽しむ」は、「いのちのつながりを感じてあらわす」活動と「おもいを伝える」活動の二つに分けそれぞれをC、Dとしました。 どちらも想像の世界の中で楽しく遊ぶ活動として位置づけ、想像する楽しさを味わわせ、その子らしい発想や想像力を発揮させたり、他者との思いや想い、願いを共有する喜びを味わわせたりすることをねらいとしています。 また、出会いや行為そのものを楽しむ活動の中から、子どもは自然に色や形を見立てて発想していくような見立て遊びを始めることがあります。そこから、想像する楽しさを味わったり、発想を広げていったりすることも出来ます。 見立てる能力は、外界の色や形を見分けたり、視覚的な表現をしたりする能力の根本だと言われています。こうした見立て遊びは、幼児の造形表現活動において重要な役割を担っているのです。 そこで「材料や技法との出会いや行為そのものを楽しむ」活動と「イメージを持って表現することを楽しむ活動の中間に位置する題材群としてBとしました。 このように、活動主題を元にした題材群は、保育のねらいと、それに応じた子どもの楽しい遊びによって整理されています。これは先生がさせたいことを子どものしたいことに変換するシステムだと言っても過言ではありません。 まとめ この改訂版「活動主題-題材群一覧」をもとに、これまでの題材や保育のあり方を見直してみて下さい。そして、右端の題材例の枠の中のどこに当てはまるのか、実際に入れてみると良いでしょう。もちろん、そのためには大きくそのねらいや設定を変えていかなければならないものも少なくないでしょう。 実際に保育に向かう時には、こうした題材を具体化するための保育計画をたてる必要があります。使い慣れた保育案の様式でも可能でしょうが、活動主題をより明確にさせるための保育案の様式としてここに例を挙げておきます。(資料1) 大切なことは、子どもは主体的に活動する意欲も能力も持っているということを忘れないことです。自分の思い通りに子どもを動かし、自分好みの作品づくりをさせることが保育ではありません。子どもを自在に動かす力が保育や教育の能力ではありません。 だからと言って、ただ放任放縦しているだけでも困ります。たとえ、材料と触れあわせる造形遊びのような、一見子ども任せに終始しているように見える活動でも、その活動を通して子どもがどのような力を発揮し、どのように育っていくのか、といったねらいがあるはずです。このねらいを、子どもの主体的な活動、つまり楽しい遊びとして実現していけるように構想していくことが題材設定であり保育計画なのです。 先生が求められるのは、子どもの持つ能力と可能性を信じ、それを存分に発揮できる適切な「場と環境」や「活動のきっかけ」を与えてやることなのです。
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表1 活動主題―題材群一覧(2005.大橋)
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