遍照寺

 真言宗御室派準別格本山 広沢山 遍照寺 京都市右京区嵯峨広沢西裏町14
 所在 google マップ

 本尊:十一面観世音菩薩立像

 拝観時間:10:00〜16:00
拝観料:500円
 休観:毎月28日9:00〜15:00
観音菩薩
不動明王

 由来
 遍照寺は十世紀末(989年)平安時代中期、寛平法皇(宇多天皇)の孫、寛朝僧正が広沢池畔の山荘を改めて寺院にしたものである。嵯峨富士と云われる端麗な遍照寺山を映す広沢池には金色の観世音菩薩を祀る観音島があった。池畔には多宝塔、釣殿等、数々の堂宇が並ぶ広大な寺院であった。しかし寛朝僧正没後次第に衰退し、鎌倉時代、後宇多天皇により復興されたが後、応仁の乱で廃墟と化した。奇跡的に難を逃れた赤不動明王と十一面観音は草堂に移され、文政十三年舜乗律師により復興された。昭和に収蔵庫、護摩堂。平成九年客殿、庫裡を建立し現容となった。

 寛朝僧正: 一品式部卿敦実親王の二男で宇多天皇の孫にあたる。真言密教の秘法を極め真言宗で始めて大僧正に昇られた高僧。真言宗広沢流の流祖。

 寛朝僧正の法力
  天慶二年(939)朱雀天皇の勅命を受け下総の国(千葉県)で平将門の乱平定の祈祷を修したところ霊験直ちに顕れ乱は治まった。そしてこの地に東国鎮護の為建立したのが成田山新勝寺である。

  天元四年(981)円融天皇ご病気の時、宮中で病気平癒の祈祷を修すると眼前に不動明王が顕現し帝の病がたちどころに癒えたという。

  一条天皇の永延元年(987)勅を承けて六大寺の僧を東大寺大仏殿に集め降雨を祈られると、翌日夕刻奈良大仏殿に遠雷轟き大雨が降ったということである。


 
こころざし 深く汲みてし 広沢の 流れは末も 絶えじとぞ思ふ (後宇多帝)




 行事
月例護摩供、写経会
(写経は希望者のみ)
毎月28日9:00〜12:00護摩木に願い事を記し、奉納します。
住職法話
護摩木 一支200円
写経奉納料 500円
春季大祭 柴燈護摩供4月29日(みどりの日)13:00〜護摩木 一支200円
開山忌6月12日開山寛朝大僧正の御命日
灯籠流し8月16日 19:00〜灯籠のお申込について 灯籠一基
前売  800円
当日 1000円
月見
本尊講
節分会


四季の花