KALECKI, M.,
Theory of Economic Dynamics, London, Allen & Unwin, 1954, pp.178+ads, 8vo.

 カレツキ『経済変動の理論』1954年刊、初版。
 これまで、カレツキのケインズ革命の同時発見者としての側面(『景気循環理論の研究』のページ)及び彼の景気循環論(『経済変動理論に関する試論集』のページ)を採り上げた。今回はカレツキ経済学の残る大きな領域であるそのミクロ分析面、すなわち分配理論それも特に独占度に重点を置いて、『経済変動の理論』の書名の下に書いてみる。まず、最初に具体的なカレツキ分配理論の説明から始めるのが解り易いと思われる。『経済変動の理論』のそれで説明する。
 
 (『経済変動の理論』における分配理論と独占度)
 カレツキのミクロ分析では、価格は完全競争経済のように需要曲線と供給曲線の相互作用によって決定されるのではなく、寡占経済の下で独占度や(主要)費用によって決定される。産業の寡占化は、費用に上乗せする価格のマークアップ率を増加させる。マークアップ率の表現である「独占度」は、寡占的・独占的要因すなわち企業共謀や販売促進の変化を厳密にではないが反映する。
 『経済変動の理論』では、一企業の価格決定は、1.平均主要費用、および、2.類似する製品を生産している他企業の価格、の2つの主要要因によってなされるとされる。
 カレツキはこれを次の方程式で表す。
   p = mu + np()      (1)
 ここで、p u は当概企業の設定価格、および生産量単位当たりの主要費用。p() はすべての企業価格の加重平均である。m n は、いずれも正で、n <1である。「企業の価格決定を特徴づけている係数mn は、その企業の立場を示す独占度degree of monopolyともいうべきものを反映する」(カレツキ、1967、p.5)。
 さて、(1)式を単位主要費用で除して、
   p/u = m + np()/u     (2)

  
      (図1 独占度の変化:カレツキ、1967,p.6より)

 第1図の横軸はp()/u、縦軸にはp/uを取る。AB は、(2)式を表す。n < 1となるので、AB の傾きは45°より小さい。n の数値によってAB の位置は決定される。n が変化して、直線ABA’B’ に上昇するとする。すると、ここで扱うp()u のすべての範囲で、所与のp()、u に対してA’B’ 線上の価格p AB 線上のp を上回る。この場合独占度が上昇するとカレツキは呼ぶ。逆に、A”B” に下落する場合は、所与のp()u に対してA”B” 線上の価格p AB 線上のp を下回る。この場合独占度が低下すると呼ぶ。
 次に、第1図で、45°線OKAB A’B’A”B” 直線の交点をPP’P” とする。
 これらの点は
   p = mu + np()  および  p/u = p()/u 
 を満たす点であるから、これらの点の横座標はm /(1-n )となる。独占度が高いほど、各点の横座標は大きいから、独占度は、m /(1-n )の値に反映される。

 以上は産業内の一企業の価格について考えたが、これを一産業に広げると、mnu が各企業によってことなるので、設定価格は、p () = m()u() + n()p() から、
     
 となる。ここで、m()n() u() は産業内各企業のmnu の加重平均である。これは、当該産業を代表する「代表的企業」の価格設定とも考えられる。産業の独占度は、m() / (1- n() )で表される。
 もし独占度が一定であれば、平均価格p() は平均主要費用u() に比例する。もし独占度が上昇すれば、p() u() に対する比率は上昇することになる。
 カレツキは以上の独占度理論にもとづいて、賃金の分配率を説明する。考察は、引き続き一産業を対象としている。
   付加価値Y = 生産物価値pQ ― 原材料費M = 賃金W + 共通費O + 利潤π
 であるから(Q は総産出量)、総主要費用(W + M )に対する総売上高pQ の比率をk で表すと、
   共通費O + 利潤π =生産物価値pQ ― 原材料費M ― 賃金W = (k -1)(W + M )
 となる。ここで、k は上記の独占度m() / (1- n() )に該当する。
 付加価値(WOπ )に占める賃金の占率は、
  W /(WOπ )= W / {W +(k -1)(W + M )}   (3)
 であり、賃金(総額)に対する原材料費(総額)の比率をj とすれば、付加価値に対する賃金の占率w は((3)式の右辺の分母・分子をW で除して)、
   
 となる。ちなみに利潤の付加価値占率は、
  π /Y = {(k-1)(j +1)-O /W }/{1+(k -1)(j +1)}
となる。

 種々の制限を持ちながら、一産業を越えて、「いまや、この理論は、民間部門の粗国民所得(すなわち政府関係の被雇者の所得を除き、減価償却を含む国民所得)に占める賃金の相対的分け前にまで拡げ得ることがわかるだろう。[中略]かくして、一般的にいえば、独占度、原料価格対単位賃金比率および産業別構成が民間部門の粗所得に占める賃金の相対的分け前の決定要因である」(カレツキ、1967、p.28)。最後に書かれた産業別構成は、上には触れていないが(後記する)、特定産業の全産業に占める割合の変化のことである。
 マークアップが独占度によって決定されることが重要で、価格決定の決意が所得分配を支配することを明らかにしたことが大きな理論的貢献である。独占度が労働者と資本家間の所得分配に重要な働きをすることが分かった。のみならず、資本家階級内での分配にも影響を及ぼすのである。「独占度の変化は、労働者と資本家の間の所得分配に関してのみならず、ときには資本家階級内部における所得分配に関しても決定的な重要性を持っているのである。こうして、大企業の成長によって引き起こされた独占度の上昇は、他の産業からこの大企業が支配する産業へ向かって所得を相対的に移動させることになる。このようにして、小企業から大企業へ所得が再分配されるのである」(カレツキ、1984、p.54)

 (ミクロ経済学とマクロ経済学)
 カレツキ経済学の独自性としてあげられるのは、ミクロ経済学とマクロ経済学が別個に分離しているのではなく、ミクロとマクロが相互依存する体系として理論が構築されていることである。ただし、両部門は相互依存しながらも対等な役割を果たしている。
 新古典派、特に一般均衡論を奉じる学者は、マクロ理論はミクロ理論の集計と観念されている。個別のミクロ的集計から論理的に演繹できるのとは別に、意味のあるマクロ的な理論はないとされる。ミクロ理論に存在しないような新しい情報がミクロの集計からは生じないと見ている。あくまでミクロ理論が根幹なのである。マクロ経済理論の独自性は否定される。他方、マルクス経済学やポスト・ケインジアン学派では、マクロ経済学が根底であり、ミクロ分析はマクロに適合しなければならない。ミクロはマクロの純粋な個別単位と見做され、個別主体の行動はマクロ的制約を課されていると考える。カレツキの分析は両者のいずれとも異なり、マクロ・ミクロの併存体系であることから、古典派経済学的方法への回帰ともいわれる。ただし、カレツキの描く経済は、古典派のような自由競争経済ではなく、不完全競争・寡占経済が前提なのである。

 具体的に『経済動学の理論』で、ミクロとマクロ体系の関連を見る。
カレツキは、マクロ分析において、国民所得勘定の恒等式から、
  利潤=投資+資本家消費
 の式を導出した(『経済変動理論に関する試論集』のページ参照)。彼は、この式を右辺から左辺へと読んで、投資+資本家消費が利潤を決定するとした。一方ミクロ分析からは、利潤の分配率は、
  π /Y = {(k -1)(j +1) -O/W }/{1+(k -1)(j +1)}
 となる。
 ミクロの分配率によって決定される利潤(率)が、その額に到達する水準にまで、投資と資本家消費を経由して、所得Y が拡大されるのである。労働分配分から見ると、「このように、資本家消費と投資は、「分配要因」をあわせ用いると、労働者消費(労働者は貯蓄をしない:記者)また国民産出量と雇用量を決定する」(カレツキ、1967、p.48)といえる。
 カレツキは、研究者として出発した当初から、現代の不完全競争下での景気循環を分析するために、その基礎となるミクロ経済理論を開発することに努力した。そして、不完全競争の理論と有効需要の理論を統合しようとした。その理論体系では、独占度は所得分配理論に用いられるだけではなく、景気(投資)循環理論の枢軸としても使われた。独占度によって決定された所得分配の膠着性が、慢性的有効需要不足に帰着することもある。

 (第一産業と製造業の二分法)
 カレツキはまた、経済体系の考察、特に価格理論において、第一次産業と製造業の二部門分割の方法を採ることによっても、古典派を復権させたとも称される。
 『経済変動の理論』の冒頭(カレツキ、1967、p.3)の小見出しは「「費用で決定される」価格と「需要で決定される」価格」である。「これら2つの価格形成の型は、供給条件の相違に由来するものであることは明らかである。完成財の生産は、生産の能力に予備があるために弾力的である。需要の増大は、主として生産量の増大を伴うだけであって、価格は同一水準にとどまる傾向がある。[中略]原料については事情が違っている。農産物の生産量の供給増加には、かなり多くの時間を必要とする。[中略]供給は、短期的に非弾力的なので、需要の増大は、在庫品の減少にしたがって価格の上昇をひきおこす」(同、p.3)。
 カレツキによる「費用で決定される価格」と「需要で決定される価格」の区分は、ヒックスによって「固定価格」と「伸縮価格」として再発見されている(森嶋通夫、によると1964年のこと)(注1)。ただし、カレツキ区分では、価格調整速度には関心はなく、産業構造や費用条件にもとづくものである。産出高増大のためには、第一次産業(農業と鉱業)部門は、著しい費用逓増が伴う事実によって、製造業部門と根本的に区分された。
 ちなみに、先に参考書に従って、古典派の二部門法と書いたが、これは古典派の資本家・労働者・地主階級の3階級区分ほど分明ではない。二部門法とは『リカード全集』でスラッファが、編者序文で提示したモデルの流れを汲むものであろう。そこで、スラッファは、生産物と原料が同一物で計測できる農業と、其の他の製造業による生産体系を採用している。

 (カレツキ独占度の変遷)
 カレツキは、景気循環理論と同様に、「独占度」概念も、時代と共に変化させている。クライスラー『カレツキと現代経済』の原題は、Kalecki’s microanalysis: the development of Kalecki’s analysis of pricing and distributionである。分配や価格付けの議論が中心である。この本にしたがって、カレツキの「独占度」の変遷をみる。

 1.1938-39年
 1938年に「国民所得の決定要因」が出された(修正のうえ『経済変動論集』に収録)。そこではラーナーの独占度を使って、国民所得中の賃金のシェアが、この「独占度」と原料価格に対する賃金費用比率で決定されることを示した。
 ラーナーが独占度μ の一尺度として提案したのは
      μ =(P -MC )/P 
 である。価格P に対する、価格と限界費用MC の差額の比率である。均衡状態(MRMC )では、独占度μ は企業の製品に対する需要の弾力性の逆数に等しいことが示せる。ラーナーは厚生経済学的視点から、資源配分の最適効率性から乖離する指標として使用した。しかし、カレツキにとって「独占度」は、完全競争に比較しての市場の不完全性を表す尺度であり、企業が価格を操作する自由度を示すものである。そしてそれは、景気循環の分析のための動学的経済体系おいて、費用ー価格関係によって分配を支配する数値でもある。
 カレツキは「産業」という中間形態で、企業の相互依存性を組み込むことによって、独占度を経済全体に拡張しようと試みた。しかし、個別企業から経済全体への集計へは、カレツキが考えていたものよりも複雑で、問題点を抱えていた。ラーナーは最適資源配分に関心があったので、経済全体の「独占度」を考えもしなかった。

 2.1939-41年
 これまでのカレツキの独占度は個別企業に重点を置いた分析であった。それには二つの大きな問題があった。一つは、企業→産業→経済全体への集計化に伴う問題点である。この点については、カレツキは終生研究を怠らなかった(これについては後述)。もう一点は、個別企業と他社の相互依存関係の分析が組み込まれていないことにあった。カレツキは、「不完全競争下の産業曲線」1939-40及び「産業生産物の長期分配論」1941において、この困難の克服を試みた。「正統派」のミクロ経済理論分析用具である弾力性概念を利用して需要面を理論に取り入れようとしたが、これには成功しなかった。その後、カレツキはこれらの立場を放棄したようである。それ以後の独占度分析にはほとんど影響が見られず、一時的逸脱であったと見なされている。
 ちなみに、この段階でのカレツキの(k 企業の)「寡占度」ak は、クライスラーによると、
      ak = (pk /mk )[1 - (ek )]
 で表される。ここで、pk は価格、mk は限界費用、ek は需要の弾力性である。ek = ε (pk /p() )で、企業価格対平均価格の関数である。ここでは、独占度ではなく、寡占度なる言葉が使用されている。
 
 3.1943-71年および以降
 カレツキは、『経済動学の研究』1943において初期の分析を「引締めようとする」(tighten:クライスラーの言葉)と試みた。不明確な点を改め、より厳密に研究を進めようとした。それでも、結果的には、一層問題点を創り出すことになった。さらに、『経済動学の理論』1954では独占度を新しくで再度定式化したけれども、なお問題が残されていることが分かった。
 『経済動学の研究』Studies in Economic Dynamics(Kalecki、1943、p.11)において、「産業内の平均諸費用の関係が所与で、かつ能力以上に操業する企業がない条件においては、粗マージン比率(pk - ak )/pk が、市場の不完全性と寡占の状態の変化を反映する」とする(pk:価格、ak :平均主要費用、いずれもk 企業についてのもの)。産業の粗マージン比率の加重平均μ は、
      μ = ΣQk (pk - ak ) / ΣQk pk   
 で求められる(Qkpk :売上高)。
 従って、「μ の動きは、市場の不完全性の度合いと寡占度の変化および当該「産業」の製品製造のボトルネックが主として反映する、と結論してよい」(Kalecki、1943、p.15)。これについて、クラースラー(2000、p.106)は、ウェイト付けに使われる企業売上高の変化は、加重平均マージン比率μ の変化を変化させる。したがって、1企業の産出高変化は、市場の不完全性の度合いと寡占度に変化がなくても、μ の変化を引き起こすかもしれないと批判する(しかし、寡占産業内での企業売上高の変化は、寡占度の変化ではないのかと記者には思われる)。
 ここでμ に修正が加えられる。これまで捨象していた、販売費のうち一部を考慮する。カレツキによれば、販売費は二区分できる。共通費あるいは利益として扱ってよい「投資または共通販売費」および価格形成に際し主要費用と類似する「主要販売費」である。後者を売上高比率にして「主要販売比率」σ と名付け、μ の計算の際に組み込む。今や、市場の不完全性 分析には、[(pk -ak )/pk ]ではなく、[(pk -ak )/pk -σ ]を用いる。販売費が考慮されると、μ は市場の不完全性の度合いと寡占度の変化及び利用可能なボトルネックに加えて、主要販売費率の変化も反映する。

 『経済変動の理論』1954では、価格式は、他企業の影響を直接に反映している。すなわち、
    p = mu +np()
 である。ここで、m は主要費用u に対するマークアップ率を表し、「それは産業内の諸企業の相互依存性という重要なものを除外した一般的競争についての諸考察から生じる、価格に及ぼす諸影響の指標である。n は産業内の諸企業の相互依存性の価格に及ぼす諸影響を反映している」(クライスラー、2000、p.103)。そして、企業の価格政策を特徴づける係数mn はその企業の独占度ともいうべきものを反映する。『経済動学の研究』1943と『経済変動の理論』1954との違いは、後者の価格式には明示的に産業内企業間の相互依存性を表す項を含んでいることである。独占度は、もはや1式で定義されず2つの係数によって表される。独占度がどのように、どれほど変化したか解明するのはより複雑になる。

 カレツキの最終段階の論文「階級闘争と国民所得の分配」1971では、独占度の尺度はさらに修正されている。製品価格を決定するマークアップ率は[(p -u )/u ]は、企業の価格p 対産業の加重平均のp() 比率に反映される、「産業」内の企業の相互依存性によって決定される。よって、
   
 とされる。これは、p =mu + np() から導出でき、その弱い形式である。
 カレツキは「それらは不完全競争や寡占のもたらす、先にふれたような半独占的な影響を反映しているのであろう。これらの要因が強ければ強いほど、与えられた関係 p()/p 対応するf (p() /p )も高くなる」(カレツキ、1984、p.162)といっている。ただし、この直前の箇所で、「ただしf は増加関数であって、pp()との相対でみて低ければ低いほど、いっそう高いマークアップが付けられるであろう」は、私には理解できない。減少関数ではないかと考える(注2)。

 (カレツキ独占度批判)
 初期のカレツキ(1938-39)は、「ライナー(ラーナー:記者)氏に従って、吾々は「独占の度合いを」価格と価格に対する限界費用との差率と呼ぶこととしよう」(カレツキ、1944、p.7)あるいは、「ここで、主要費用に対する売上高の比率kは、上述の議論によれば、独占度によって決定される」(カレツキ、1984、p64)と独占度を「定義」していたが、これはトートロジーではないかとの批判を受けた。マハループはいう「古い比率に新しい名前を代替することがその比率のもっともらしい説明を表すものとして提示されていることである。[中略]不幸にも、説明をする代わりに名前や定義を与える試みによって、経済過程への我々の洞察が増大されるわけではない」(クライスラー、2000、p.164:強調原文、孫引きである)。後にカレツキは、トートロジーを否定して、それを『経済変動の理論』で証明したとしている(カレツキ、1984,p.170)が、同書のなかで、係数(mn )は、独占度というべきものを「反映する」と改めている(同、p.5)。カレツキの主張は、企業の競争力に与える諸変化によって、「独占度」が変化するということである。すなわち、企業集中や広告のような要因が独占度の動向を決定し、次いでこれがマークアップ率を変化させる。
 カレツキは個別企業の独占度から初めて、経済全体の独占度の集計を試みた。その中間作業として、「産業」段階の独占度の集計があった。しかし集計の問題は、当初カレツキが考えていたものより、複雑であり問題含みであった。そもそも特定産業の範囲を定義するのが困難である。完全競争と独占の場合では、産業を定義の問題は存在しない。カレツキの対象とする寡占経済では、製品の差別化や、広告による差別化で厳密に同一の製品が存在しない。顧客サイドでも、商品は一様とされない。同種でも特定のブランド商品にはプレミア価格を支払う用意がある。その場合、商品あるいは産業を区分するのは簡単ではない。
 独占度を反映する数値を求めるための式(『経済変動の理論』段階)p = mu + np() においても、産業の平均価格p() が意味を持つには、「産業」が適切に定義される必要がある。カレツキの分析は、価格付けに際し、類似品を生産する他企業(価格)を参照する一企業(代表的企業)に焦点を合わせていて、事実上「産業」は仮定されているに過ぎないとされる。「いま、産業にとっての係数m()n() に等しいm n をもつ1企業を考えよう。われわれは、それを代表的企業と呼ぶことが出来よう」(カレツキ、1967、p.9)とした概念である。

 その上、より重大な難問として、加重独占度を算出するにあたっての集計の問題がある。
 カレツキは、「さて、単一産業について打ち立てられたのと同様の数式(労働分配率決定式:記者)を、製造工業全体について書くことができる。しかしながら、ここでの売上金額対主要費用比率(k :同)および原料費対賃金比率(j :同)は、全体としての製造工業に占める特定産業の重要度にも依存している」(カレツキ、1967、p.27)として、産業→製造業全体の集計の問題として書いているが、上記したように、当然、企業→産業の集計にも同様の問題がある。カレツキは代表的企業で産業を代表させているから、その点は省略したのであろうか(ちなみに、カレツキは、売上金額対主要費用比率k は独占度によって決定されるといい、「付加価値に占める賃金の相対的分け前は、独占度および原料費総額対賃金総額比率によって決定される」(同、p.26)とk と独占度を等置もしている)。
 代表的企業を集計して経済全体の加重独占度を求めることは、企業のウェイト付けの元となる企業の産出高の変化の影響を受ける。よって、カレツキの独占度したがって国民所得の分配は、根本的には産業構造や産出高構成によって影響を受ける。所得分配が平均独占度によって「決定されると」述べることは、ほとんど無意味だと、同国人オスカー・ランゲは批判した。カレツキは問題点に気付いていた。製造業全体に占める特定産業のウェイトの変化は、分配を決定する要因 j k に影響する。そこで、特定産業の重要性の変化の影響を取り除いた調整済の j’ k’ を使用した。しかし、安定的産業構造を仮定するとした以外に、j’k’ の導出法には言及していない。
 さらには、カレツキは、労働分配率をめぐる結果を、製造部門だけでなく、建設業、運輸業およびサービス業にも拡張する。それは、「価格形成の型が類似していると考えてよい1群の産業」(カレツキ、1967,p.28)だからである。加えるに農業と鉱業は、「生産物は原料であるから、付加価値に占める賃金の相対的分け前は、主として、生産された原料価格対その単位の賃金費用比率に依存する」(同:強調原文)という理由によって、通信と公共事業、商業、不動産業および金融業は「付加価値中に占める賃金の相対的分け前は無視することができる」(同)という理由から包摂している。これ等の単純化の上で「かくして、一般的に言えば、独占度、原料価格対単位賃金費用比率および産業別構成が民間部門の粗所得に占める賃金の相対的分け前の決定要因である」(同)とする。カレツキの集計の問題は、全産業について、産業間の需要構造とは独立に粗マージン比率、それ故、分配を導出することができなかったことにある。

 最後に共通費の問題がある。カレツキの独占度には共通費の影響をうまく排除できない。独占状況が不変でも、共通費が増減すれば、独占度が変化する。共通費の主たるものは、減価償却費、利子、および初期著作では給与支払いである。給与が共通費に入っているのは、クライスラー(2000、p.63)によると当時の欧州の慣習による。「ブルー・カラー」労働者は週給支払いであったが、「ホワイトカラー」の給与労働者は月給、あるいは四半期払いでさえあったそうである。給与と賃金とは厳然と区別されていた。

 英国の古書店より購入。紙表紙と一体化したダスト・ラッパー付き。

(注1)松山直樹、2014、p.37-38
(注2)p、p() との相対でみて、高ければ高いほどマークアップ率は高いと思う。訳文は、上記のとおり。それを引用したクライスラー(2000、p.119)の訳も同様。原書ではやっかいなことに、明らかにミスプリントで、肝心な箇所がいずれも、p となっている。
“where f is an increasing function: the lower is p in relation to p, the higher will be fixed the mark up”(原書p.160)

(参考文献)

  1. カレツキ、M. 『ケインズ雇用と賃金理論の研究』 戦争文化研究所、1944年
  2. カレツキ、M. 『経済変動の理論 改訂版』 新評論、1967年
  3. カレツキ、M. 浅田統一郎・間宮陽介訳 『資本主義経済の動態理論』 日本経済評論社、1984年
  4. クライスラー、P.  金尾敏寛・松谷泰樹訳 『カレツキと現代経済 価格設定と分配の分析』 日本経済評論社、2000年
  5. ソーヤー、M.C.  緒方俊雄訳『市場と計画の社会システム』日本経済評論社、1994年
  6. 鍋島直樹 『ケインズとカレツキ』 名古屋大学出版会、2001年
  7. 松山直樹 「森嶋通夫ロンドン大学名誉教授 神戸商科大学Hicks Collection Opening 記念講演 『Hicks の想い出』(1991 年)」、商大論集(兵庫県立大学)、第65 巻 第3 号、 2014年 、p.23-64
  8. Kalecki, M. Studies in Economic Dynamics, George & Unwin, 1943
  9. Kalecki, M. Selected Essays on Dynamics of the Capitalist Economy 1933-1970, Cambridge at the university press, 1971





標題紙

(2025/10/26 記)



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