KAECKI, M. ,
The Essays in the Theory of Economic Fluctuations, London, George Allen & Unwin, 1939, pp.154, 12mo.

 カレツキ『経済変動に関する試論集』1939年刊、初版。

 ((はじめに))
 『経済変動理論に関する試論集』のタイトルの下で、カレツキの景気循環理論を取り上げる。
 カレツキは、「景気循環理論概説」1933および、国際的には「景気循環の巨視的動学理論」1935で景気循環論の研究者としてデビューした。そこでは(初期と呼ぶ)投資完成の時間差を取り入れた(ラッグ理論)微分・差分混合方程式体系から単弦振動(コサイン・カーブ)を導出して景気循環を説明した。次に(中期とする)、「景気循環の理論」1937および『経済変動理論に関する試論集』1939では、一転、それまでのモデルに代えるに、いわゆる「非線形景気理論」が採用される。投資が所得に対してS字型の非線形投資関数となっていることによる名称である。さらに、後期には、微分・差分混合方程式体系モデルに戻る。ただし、方程式体系は当然進化といわないまでも、変化している。『経済動学の研究』1943では、非線型理論とラッグ理論の総合が試みられ、非線形型の微分・差分混合方程式が用いられている。また、混合方程式の型が前期のいわゆる「カレツキ型」から「スタインドル型」になっている(注1)。しかしながら、最終版ともいうべき『経済変動の理論』1954では、微分・差分混合方程式はラッグ型・カレツキ型のタイプに回帰しているのである。作家ならずとも、学者も「処女作に向かって成熟する」のであろうか。
 ここでは、前期モデルを「景気循環理論概説」で、中期を『経済変動理論に関する試論集』、そして後期を『経済変動の理論』で代表させる。まず、解りやすい中期モデルからはじめて、前期そして後期モデルと説明する(以下、式、図、注の番号は章ごと付ける)。
 (注1) カレツキ型は、
      x ()t+θ + ax t+θ + bxt = 0
 に対し、スタインドル型(『資本主義の成熟と停滞』1952による)は
      x ()t+θ + ax ()t + bxt = 0
となる。
 
 ((第1章 中期モデル))
 『経済変動理論に関する試論集』による。伊東光晴(篠原三代平他編 『近代経済学基礎講座 基礎理論編4 成長と循環』 第3章所収)の解説を参照した。図表もそこから多くを取った。ただし、(図3)・(図5)は、原書から。 

 まず主たる仮定をあげる。
  1. 封鎖経済で予算は均衡。
  2. 在庫量は安定的であることから、在庫投資は無視し、投資は固定資本投資のみとする。
  3. 労働者は貯蓄せず、すべて消費する。
  4. 所得に占める賃金所得の割合は一定である。
  5. 長期利子率は安定しており、景気変動には関係がない。
   カレツキの「非線形景気理論」は「乗数理論」と「投資決定論」の二本柱からなる。

 (乗数理論)
 Y
を粗所得、I を粗投資、S を粗貯蓄とする(いずれも減価償却前の粗概念)。yc を非賃金取得者(資本家と解してよい)の粗所得、消費とする。
 所得と消費の時間差を無視すると、c y には、密接な関係が存在しそうであるから、それを関数として次に表現する。
     = η (y )
 y - c は、資本家階級の貯蓄であるが、労働者は貯蓄しないことから、社会全体の総貯蓄となる。また、ケインズ同様にカレツキも、総貯蓄は総投資に等しいことを明らかにしたから、
    I = y c
 となる。また、賃金は、Y - であるので、仮定(4)により、賃金の所得に占める割合は一定であるから、この割合をα とすると、(Y -)/ Y = α となり、
    y = (1 – α )Y
 以上三式で、変数は4つ、体系を決定するため、投資I と国民所得Y の間に関数関係があることが判るので、
    Y = f (I )
 とする。ここで、所得y と消費c の間に時間差ω があることを考慮に入れると、投資I と所得Y の間にも、近似的ではあるが時間差を取り入れ
    Y t = f (It)           (1)
 と表すことができる。λ 期前の投資が、現在の国民所得を決定する。これが、カレツキの乗数表現(の一つ)である。

 さて、ここで資本財の産出高すなわち投資をI 、資本財への注文量をD 、引渡量をL とし、注文から引渡までの生産期間をθ とする。t 時点の引き渡し量は、t -θ 時点での注文量である。いま。D が単調に増加、したがってIL も単調に増加しているものとする。t 時点では、t -θ 時点以降の注文量が生産されているから、(図1)斜線部分の面積が生産中の量である。それぞれの生産にはθ 時間かかるから、t 時点では、全体生産(斜線面積)の単位時間分すなわち、その1/θ を生産していることになる。それはD (I,L ) 曲線が直線に近ければ、ほぼθ /2時点前の注文量D に等しい(D θ 期間平均)。そこで、t 時点の産出高It は、
    I t = Dt-θ/2            (2)

  
         (図1)

 となる。(2)式を(1) 式に代入して、
    Y t = f (Dt-λ-θ/2 ) 
 となり、λ θ /2 = τ とおくと、
    Y t = f (Dt-τ )  
 または、
    Y t+τ = f (Dt )        (3)
 となる。すなわち、t 時点での投資注文量がτ 時間後の国民所得を決定する。米国統計(本書第2章)の検証からは、 関数は直線と見なしてよい。

 (投資決定論)
 次に、投資決定のプロセスを考える。投資発注量は、投資の予想利潤率と正の相関を持つ関数関係にあると思われる。しかし、企業者は将来に関してはほとんど知りえないから、予想利潤率に代えて現在の利潤率(厳密には利子率を控除した純利潤率であるが、仮定(5)から)に依存することになる。現在の事業が好況であれば、楽観的となり、不況であれば悲観に傾くのである。
 現行資本設備を所与とすると、資本量も一定であるから、利潤率は利潤(量)に依存し、利潤(量)は資本家所得y でもある。仮定(4)より、所得Y に占める利潤y の割合は一定であるから、現在利潤率はY に依存するとしてよい。かくして、投資注文量は現在の国民所得によって決定されることになる。
    Dt = φe(Yt )         (4)
 ここで、φ の添字e は資本量を示し、その水準に応じたφ 関数であることを示す。φ 関数は、S字状曲線であると信ずべき理由がある。「なぜならば、諸事態が好転する場合企業者は楽観的となり、投資率は著しく増大するが、しかし、ある点を越えれば、かかる発展の安定に関して疑問を懐き始め,楽観主義はブームと歩調を共にしなくなり、投資決意率はさほど急速には増大しなくなる傾向にあるからである」(カレツキ、1944,p.117)。

 (景気変動論)
 以上の(3)と(4)の方程式を、横軸を国民所得、縦軸を投資注文量とする平面に描いてみる。(3)式f は時間のズレを考慮した投資注文量→所得関係を示す(線型)。(4)式φ は所得→投資注文量のS字型関係を示し、資本量はe で一定としている。2関数fφ は、(図2)の如く交わるものとする。

  
               (図2)

  さて、現在の国民所得がY1 としよう。φ 関数によると、この所得に応じる投資注文量はD1 であり、(図2)ではY1D1 の大きさで表示される。ここで、D1 に対する所得はf 関数によりτ の時間の遅れをとるが、Y2 になる。同様に、Y2 の所得はτ 時間後にはY3 となる等々続く。結局、投資注文量Diφ 曲線をB 点に至るまで移動して均衡する。この間所得は増加する。同じように、現在の国民所得がA 点より大きい場合(fφ )には、D 点はB に向かって左方へ移動し、そこで均衡する(注1)。この間国民所得は減少する。「体系は―上で証示したごとく―常にB 点に向かって運動することは事実であるが、しかし、勿論B 点にまで完全に到達するには若干のT 期間を必要とする。かくて、調節期間は相当に長い(T は半年以上である)」(同、p.121)。

 いままでは、資本設備一定として、φ 関数(所得→投資注文量関係)を考えてきた。次に国民所得が一定である場合の投資決定に対する資本設備変動の影響を考慮せねばならない。もし、資本設備が増大するとして、Y が静止的であるなら、(上記で説明したようにした)資本家所得(利潤)も不変である。資本量増大にかかわらず、利潤量が同量と見込まれるなら、予想利潤率は低下する。よって、投資注文量も低下する。従って、φ 関数は所得一定なら、資本設備が増大するほど下方に移動すると考えられる。反対に、資本量が減少するなら、 φ 関数は上方に移動する(図3)。すなわち、投資が資本損耗量を超え純投資となるなら、資本量は増えφ 関数は下方へ、資本損耗量が投資より上回るならば、上方へシフトする。

  
                  (図3)

 現実の所得変動を見るためにD 点の動き追跡すると、D 点があるφ i 線上をf 曲(直)線との交点に向かって移動しながら、資本蓄積の効果が加わりφ 曲線そのものが上下に移動することになる。(図2)の所得Y1 に対応するD1 から出発すると、純投資となる場合、所得と共に投資注文量が増加する。それは資本設備を増大させるので、φ1 曲線がφ2φ3φ4 …と移動し、D の軌跡は(図4)の点線のようになるであろう。

  
           (図4)

 こうして、D 点は、f 曲線と交わりB5 点に到達する。この点は、資本量がφ5 に相応する水準での「条件付き均衡」(conditional equilibrium)である。しかしながら、この点で所得の増大は止むものの、投資が資本損耗量を越えている限り、引き続き資本は増加しφ 曲線はφ6 へとシフトするので、D 点はφ6 上のB6 に向かって移動を継続する。純投資が存在する限り、φ 曲線の下方運動と条件付き均衡点に向かう運動が合成され、D 点は左下方へ移動するであろう。
 景気循環を説明するために、もう少し広域的な(図5)を掲げる。最初はD 点は、E 点から出発する。この点では、当期間の投資引渡量がちょうど資本損耗量に等しいとしよう。資本量一定のため、φ 曲線は静止しており、この線上を右への移動を開始する。しかし、続く期間投資活動が増大し、φ 曲線は下にシフトし、前段に説明したようにF 点に向かう。その後は、D 点は左下方へ進むが、この段階では所得Y と共に投資決定(D の縦座標値)も減少するため、いずれ投資引渡量が資本損耗量と一致してφ 曲線の下方移動が止まる、G 点である。G 点以後は、投資活動が資本損耗量に比して低いため、資本が減少しφ 曲線は上にシフトする。D 点はなお、f 曲線以下を移動する。H 点達すると条件付き均衡点となる。所得は最小となるが未だ資本量は減少を続けφ 曲線は上にシフトし続けるので、D 点は右上方に向かいE 点に戻る。しかしながら、軌跡が都合よくE 点にもどるのは「不当な仮定である」(同、p.129)とカレツキは認めている。

  
                (図5)

 E G 点では、軌跡はそれぞれの時点でのφ 曲線に接する。HF 点は一時的均衡点(条件付き均衡点)である。私が判らないのは、G 点がより多くの資本量を有するのに資本損耗量(≒D )がE 点より少ないように表示されていることである。
 投資は生産を生み、繁栄の源泉である。投資の増加は事業を好転させ、将来の投資増加を刺激する。しかし、投資は資本設備への付加でもあり、古い設備との競争をもたらす。「投資の悲劇はそれが有用であるからこそ恐慌を発生せしめることである。多くの人は疑いもなくこの理論を逆説的と見なすであろう。しかし、逆説的であるのは理論そのものではなく、その主題―即ち資本主義経済である」(同、p.128)。
(注1) (図2)では、B 点でφ が最大となっているが、φ B 点以降も増加する場合。B φ が最大値であると、所得は一旦減少してまたA まで増加する。


  ((第2章 初期モデル))
 1933年の「景気循環理論概説」(ここでは1966年英訳からの重訳による)および1935年の“A Macrodynamic Theory of Business Cycles”でみられたものである。数学的には後者のほうがより詳細であるが、前者のモデルの記号を用いて説明する。和訳があり、私には(訳者の付した数学解説を含め)より判りやすいからである。

 まずは前説から始める。三角関数は波形関数と云っていい。いくつかの波を重ね合わせて複雑な波動をつくることができる。単純な 三角関数、y = cos xy = sin x でも、多種多様な(等長区間で同一振動をする)正常振動を表すように拡張できる。三角関数の一般形は、
    y = A cos (ωx + ε )
で表せる。Aωε はそれぞれ振幅、周波数、位相を示すパラーターである。
 さらに、振幅のパラメーターを固定せず、x に応じて変化するA (x )とすることによって、振幅は変化する。特に、A (x ) = Aeαx のとき、定数α が負なら振幅は減衰し、正ならば振幅が発散してゆく。
 カレツキの初期のモデルは、要するに、時間差を方程式に取り入れて差分(定差)方程式体系となし、景気循環を単純な正弦曲線の波動形として導出する試みである。景気循環といっても、扱われているのは投資の変動であるが、投資は乗数を通じて国民所得にリンクしているのである。 1933年論文では表面上は単純な正弦曲線しか描いていないが、ここでは減衰、発散波動も扱う。カレツキ論文は詳しい数学的説明を付していないので、アレン、大谷、「景気循環理論概説」論文の訳注を参考にした。ただでさえ数理的思考に弱いのに加え、老齢で理解力に衰が進んでいる。ありうべき誤解の数々ご容赦。

 諸仮定は中期モデルにほぼ同じ。投資財発注量をI 、投資財生産量(粗投資)をA 、完成資本設備の引渡量をD 、設備の建設期間をθ 、ある時点の資本設備の存在量K 、消耗設備の更新必要量U とする。
 資本設備の変化は、引き渡し資本設備(θ 期前の発注量に等しい)から消耗設備を差し引いたものに等しいので(ΔK /Δt をdK /dt で近似)、次式を得る。
    K’ (t ) = D (t ) -U  =  I (t -θ ) - U      (1)
 また、投資注文量I は、資本家貯蓄(=粗投資)A の増加関数であり、資本設備量の減少関数であるから(詳しくは(注1)参照)、
     I (t ) = m {B0 + A (t )} – nK (t )          (2)
 と書ける。ここで、m n は正であり、B0 は資本家消費の消費の固定部分である。
 次いで、第1章の(図1)――そこでのI がここでは、A と表示されている点に注意して――の斜線部分から、次式を得る。
             (3)
 (1)~(3)式は、の3つを内生変数とする、3本の微分・差分・積分混合方程式であるから、を代入消去、整理してK’ (t )は次のようになる。
           (4)
 これが、基本方程式である。さらに簡略化するために、基本方程式の「定常解」K0K’ (t ) = 0, K (t ) = K (t - θ )を満たす特殊解)を求めると、
       K0 = {mB0 + (m – 1)U } /n         
 となり、さらに、k (t ) ≡ K t )- K0 を用い、 (4)式を書き直すと、
       (5)
 ここで、θ を単位期間にとり、θ =1とすれば、
       k’ (t ) = mk (t ) – (m + n) k (t - 1)      (6)
 となる。ここで、m > 0, n > 0 である。これで単純な形の微分・差分混合方程式となった。k’ (t )が微分式であり、tt -1期の関数が含まれているゆえ差分方程式でもある。(6)式k’ (t )から、未知の関数方程式k (t )を求める(これを微分方程式を解くという)ことが課題である。
 ちょうど、ガロアによって5次以上の代数方程式の根を求める公式が存在しないことが示されたように、微分方程式についても、解を一般的に求める方法はない。また、解となる方程式は一つとは限らない。しかし、(6)式の解法はフリッシュとホルム(Holme)によって提示されている。それによると、指数関数の解k (t ) = k (0)eρt が存在すると仮定するなら、ρ は(6)式にk (t ) = k (0)eρtを代入した次式を満たさねばならない。
      ρ = m – (m + n )e            (7)
 (7)式を満たすいかなるρ に対しても、k (t ) = k (0)eρt は(6)の解となっている。もしρ が実数なら、k (t )は振動せず、指数的に変化する。ρ > 0の時は発散、ρ < 0 の時は減衰する。
  
                (図1:発散の例(ρ>0))

    
            (図2:減衰の例(ρ<0))

 ρ が複素数なら、その共役複素数もまた(7)式を満たす。その場合、k (t ) = k (0)eρtを満たす二つの解を加えれば、次式を得る。
        k (t ) = k (0)eαt cos (ωt + ε )     (8)
ここで、ρ = α± であり、(7)の解である。k (0)とε は初期値によって与えられる定数である。k (t )はω の周波数を持つ波動であり、α > 0の時発散し、α < 0の時減衰する。

  
            (図3:発散波動の例)

  
          (図4:減衰波動の例)

  ここから、細かい議論に入るが、(7)式の根ρ の性質を記する。(7)式を変形して
           (9)
 を得る。詳細は省くが、(9)式のρ が実根を持つ判別式
      J (m , n ) ≡ m – log (m +n )     (10)
 は、次のようになる。   
     J (m , n ) > 1  ⇔  実根の数2個(単根)
     J (m , n ) = 1  ⇔  実根の数1個(重根)
     J (m , n ) < 1  ⇔  実根の数0個
 上述のk (t )が波動するのは、ρ が複素根となる、J (m , n ) < 1 の場合である。
 ここで、(7)式のρ に ρ = α ± を代入して、
      (αm )+(m + ne e∓ωi ± ωi = 0      (11)
 オイラーの公式 
      e±ix = cosx ±i sinx  
 を用いて、(11)を書き直すと、
      αm +(m + necosω + {±ω ∓ (m +n )e sinω }i = 0
 となり、実数部と虚数部が零となることから、次の連立方程式を得る。
      α = m -(m + ne -α cosω         (12)
      ω = (m + n )e -α sinω             (13)
 αk (t )の減衰(発散)因子であるが、とりあえず関心のあるのは振動の周波数ω であるから、(12)、(13)からα を消去し、ω を求める。(13)式よりeα = (m +n) sinω /ω であるから、両辺の対数を取ると、
      α = log(m +n) + log(sinω /ω )        (14)
 (13)式からのe =ω/ {(m +n ) sinω } と(14)を(12)式に代入すれば、
      log(m +n ) + log(sinω /ω ) = m – {(m + n )・ω }/ {(m +n ) sinω }・cosω
 すなわち、
      log(m + n) + log(sinω/ω) = m -ω/tanω
 よって、ω は、
     ω /tanω + log(sinω /ω ) =  m - log(m + n )    (15)
 を満たす。(15)式の右辺は(10)式のJ (m, n )である。(15)式の左辺をf (ω )とする。そうすると、ω
       f (ω ) = J (m, n )
 の解として求められる。そこで、解を明らかにするため、f (ω ) とJ (m, n )のグラフをω -f (ω )平面に描いて、その交点として解をみる。f (ω )は、「構造定数」mn を含まず、三角関数から求められる(図5の太線で表示)。(図5)は先述のフリッシュとホルムの論文によるとのことである。この図のβ とあるのは、ω に読み替えてもらいたい。

  
      (図5:出典、カレツキ、1984,訳注、p.199

 解としてのω は、(0,π)、(2π,3π)、(4π,5π)…の領域に1個ずつ無限に現れる(a , b , c …)。我々が興味のあるのは、最小のωa 点)である。それは、k (t )における最小の周波数=最長の周期に対応するからである。周期は2π/ω(ラジアン)で表せ、最小解はω <πであることから、当該周期は2以上である。すなわち、周期は設備の完成までの期間のズレ(θ = 1)の2倍以上の長さを持つ。それ以外の解は、ω >2πで、1より小さい周期を持つ。1回のサイクルが投資のズレθ の範囲内で完結するため、景気変動現象の検討の対象とならない。
 ちなみに、カレツキは『経済変動理論に関する試論集』(邦訳、p.110)では、「信頼し得る統計によれば、平均製造期間は大体において半年ないし1個年である」としている(『経済変動の理論』(1967,p.127)でも同様)。ここでのズレθ =1(発注―完成のズレ)を最大の1年としても、ジュグラー(10年)波動あるいはキチン波動(3~4年)の周期より短い。よって、1より小さい周期を持つ解は無視すべしと云っているかと考える。 
 最長周期解(最小周波数)ω が 0 < ω <πの範囲で決定すれば、振動の発散・減衰因子α は、(14)式で決まる。mn 値によっては、α > 0 であり、振動は発散的となることも可能である。しかし、通常考えられるmn 値によっては、α < 0 であり振動は減衰する(このあたりアレンの本によるがよく理解できない)。減衰振動の代表例としてアレンが挙げたものを我々の式に応用すると、m + n = 1 の場合である。(このとき判別式J (m , n )(10)から、m – log (m +n ) = m < 1 )
 (14)式から
      α =log(m +n ) + log(sinω /ω ) = log(sinω /ω ) < 0
 (sinω /ω の最大値が1(図6参照)であり、log(sinω/ω )は負である)となり、この場合振動は穏やかに減衰する。J (m, n ) ≡ m – log (m +n ) = m が1に近い場合、aω は小さい(図5参照)。ω が零に近づく時の、sinω /ω の極限値は1であるから、したがって、α(log(sinω /ω ))は近似的に零となる。このケースは、長周期で、(8)式から、振幅がほぼ規則的な波動である。

   
            (図6 :sinx /x)

 他方J (m , n ) = m ( >0 )が小さい場合は、ω はπ/2に近い。そようなω についてはsinω /ω は1よりずっと小さくα は負である。その周期は短く(投資のズレの約4倍)(注2)極めて急速に減衰する。
 結論は、前期モデルは、一連の周期の短い振動を除外すれば、ただ一つの波動形がある。振動周期は投資のズレ期間の数倍になるであろう。振動は、他の要素(係数m , n )の値に応じて規則的に動くこともあるし、あるいはかなり急激に減衰することもある。 

 このモデルは、単玄振動(cosカーブ)解を持つことを仮定し、現実の景気循環を説明しようとする。しかし、第一にρ が複素根であるためには、m n が極めて特殊な値でなければならない。しかも、それが長期間維持されねばならない。第二に、投資関数(2)が線型関数を仮定している。線型であるためには、変動範囲が極めて狭いか、特別な理由がある場合に限られる(大谷、p.21)。特殊な条件が重ならないと、望む振動は導出されない。
 これらを見ると、このモデルは、シュンペーターの「多分におもちゃの鉄砲で、実践の役には立ちそうにない」という言葉が想起される(注3)。同じくシュンペーターは、『景気循環論』(1960,p.792:原書、p.533)のなかで、ティンバーゲンの造船循環についての同様な方程式
      f (t ) = eαt+β = C eαt
 についてこう述べている。「素人がこのやり方を誤解する危険がいくらかある。もちろん複素冪指数をえらんだのは、われわれがこの現象の中に変動があることを知っているからである。だが、これらの変動はこの関数の中に入り込む遅れによるものである。それゆえ、これらの変動が、当該関数からこの複素冪指数によって導きだされるということは、実際新しい仮説なのであり、この仮説は、たしかに結果の適合性のよさから妥当性をえるかもしれない―われわれはそうは信じないが―が、もともとの組立て自体からでてくる結論とまちがえられるべきではない。この結論は、非周期的な解―変動の存在は、この解がまちがいであることを証明するものではない―によっても同じようによく満足されえただろう。変動はたんになにか他のものに帰せられるべきものだろう」(一部改訳)。この評言は、カレツキの初期モデルにも当てはまる指摘であろう。

(注1)(減価償却を含む)粗利潤をP 、資本家消費をC 、資本家貯蓄をA とする。すると、P は資本家総所得であるから、
    P = C + A
 資本家消費C は、比較的非弾力的であるから、それは固定的部分B0 と 粗利潤に比例的な部分からなるとしよう。 すると、
    C = B0 +λP
 すなわち、
    P = (B0 +A )/(1 -λ )
 ここで、投資注文量I を考える、それは粗利潤率P /K と長期利潤率の関数と見なせる。長期利潤率は安定だと仮定すると、次の関数で表せる。
   I /K = F (P /K )
 ここで、左辺をI ではなく、I /K としたのは、P K が同比率で増大した場合、I もその比率で増大する可能性が高いが、利潤率がP /K が増大前と同じなのに、I だけが増大する効果を防ぐためである。さて、上述の如く、PB0 +A に比例するから、P /K も(B0 +A )/K に比例するので、上式は次のようにも表現できる、
   I /K = φ {(B0 + A )/K }
 さらに、φ を線型関数と仮定することにより、次のように書ける、
   I /K = m {(B0 + A )/K } - n
 すなわち、
   I (t )= m {B0 + A (t )} – nK (t )   
 φ は増加関数であるため、m は正である。また、粗利潤が正のうちに資本発注量は零になるだろうから、n > 0である。
(注2)a 点が、f (ω ) = 0となる場合と思う。周波数ω はπ/2に近いから、周期は大体2π÷π/2で、4となる計算だと考える。
(注3)伊東光晴『ケインズ』(岩波新書)p.212よりの孫引き。伊東は、『シュンペーター』(岩波新書、根井雅弘との共著)(p.89-90)でも「オモチャの鉄砲を持って、実戦の塹壕にとびこんではなりませんぞ」との引用をしているが、いずれも引用原典の表示なし。同じ箇所からの引用か。引用原典は見つけられなかった。
 引用原典を探しているうちに、次のシュンペーターの言葉も見付けた。「メドゥサの顔の如く経済学者を脅かす定差方程式」(ヒックス『景気循環論』訳者序)。これも出典不明の引用である。

  ((第3章 後期モデル))
 諸仮定は、前期モデルとほぼ同じ。ここでは、在庫投資は捨象されていない。後期の投資方程式はつぎのようになる、
            (1)
 ここで、S は粗貯蓄、O は粗産出高、a cb’e d’ はそれぞれパラメーターである。右辺第1項は貯蓄の一部が投資に向けられることを示す(資本家のみ貯蓄する仮定)。第2項は、投資は利潤P の増分の増加関数であることを示す。以上2項が設備投資の働きである。第3項は在庫投資の働き、すなわち在庫投資(在庫増加)は産出高の増加に比例することを示す。すなわち、変化率に比例する加速度原理である。c は(1)式を導出したもとになる方程式では資本蓄積が投資を抑制する項の係数であるが、ここでは第1項の係数の分母に入り単純な線型となっている。d’ は長期的変化もとづく常数である。
 ここで、(1)式に、S It ならびに、
                    (2)
 および
                  (3)
 を代入して、
 (ここで、(2)、(3)式の詳細略。q は利潤の増加分のうちから消費される割合を示す係数。α’ は賃金の国民所得に比例する部分を表す係数である)
        (5)
 が得られる。
 「かくて、t +θ 時点の投資はt 時点の投資とt -ω 時点における投資の変化率との関数である。この方程式の右辺第1項は、毎期の貯蓄の投資決意に与える影響(係数a )と資本設備の増加が与える負の効果[係数1/(1+c )]とをあらわしている。忘れてならないことはa /(1+c ) < 1ということである。第2項は利潤の変化率[係数b’ /(1-q )]と産出高の変化率[係数e /(1-q )(1-α’ )]の影響をあらわしている」(カレツキ、1967、p.144)。
 ここで、長期的変化を抽象するために、投資I が常に減価償却δ の水準で安定的であり、またΔI /Δt は零に等しい静態的な状況を考える。この状態は(5)式に適用すれば、
     δ = a /(1+c )δ + d’         (6)
 である。(5)から(6)を引くと、次式となる。
        (7)
 投資の定常状態(投資は減価償却に等しい)からの乖離I - δ i で表すと。δ は一定であるから、Δi /Δt = ΔI /Δt となることから、(7)は、
             (8)
 ここで、
     
 とおくと、
            (9)
 となる。これが静態的均衡状態からの投資の変動を表す基本方程式である。
 景気循環は、(9)式の投資の変動として示される。「この議論全体を通じて係数a /(1+C )が1に達しないという仮定が決定的に重要である」(同、p.146)。投資変動は、係数a /(1+C )とμ の組合せに依存する。投資が増大しているときには、Δit-ω/Δt は正で、それがa /(1+C )の投資抑圧効果以上の場合はi は増加する。やがて、前者の力が大きくなり両者の力が均衡すると、投資の増加は止まり、Δit-ω /Δt = 0 となり、a /(1+C ) < 1 から投資は減少に向かう。
 投資の下降運動局面では、a /(1+C )it 部分はit より小さく、またμ Δitω /Δt が負であるから、it+θit より少なくなり、i は結局ゼロすなわち減価償却水準にまで落ちる。その後も下降は続くが、a /(1+C )の投資抑圧効果が上昇局面と逆に働く。やがてΔit-ω /Δt = 0 となり、a /(1+ C ) < 1から投資は(マイナスながら)上昇に向かう。
 以上の考察は、パラメーターa /(1+C )とμ との組合せが好況時には投資の上昇を、不況時には投資の下落を自動的に停止させる数値であることを仮定している。パラメーター如何では、拡大経済が増大を継続することが考えられるが、この場合は資源・労働力の不足の天井(上限)に突き当たり投資は減少に向かう。では、不況には床(下限)が存在するか。設備投資の場合は、マイナスの(価値の)投資はできないから下限は存在する。「しかしながら、在庫品への負の投資の場合は同じような限界は存在しない」(同、p150)としながら、下降過程はピークのi の水準とパラメーターによって完全に決定され、不況の底は常に同一水準としている。ちなみに、在庫投資にも在庫量という限界があるのではないかと愚考するのだが。

  
      (図7 「上限」をもつ発散振動:出典 同、p.151)

 ここで、自動的に循環的な景気理論に戻る。前期モデルでは、その基本方程式が単弦振動解を持つものと仮定し、解を導出ことにより景気循環を説明しようとした。ここでは、難しい数学的な議論はない。最初に基本方程式(9)は、発散解か、減衰解か、単弦振動解のいずれかの解を持つことを確認する(注1)。単元振動であれば、問題なくそれを採用すればよい。問題は、発散振動と減衰振動の場合である。発散振動の場合は、投資は限りなく増加し、資源・雇用量の天井に制限される。外部的に制限された投資の運動が循環的であることはヒックス『景気循環論』によって明らかにされている。
 残るのは、減衰振動の場合である。減衰振動は振幅が絶えず減少して振動を無視できるようになると思われるかもしれない。しかし、これは正しくない。基本方程式(9)によって決定される、投資、利潤、産出量の関係は「確率的」すなわち、不規則な攪乱を受けている。(9)は正確には次のように書ける。
    + ε
 ここで、ε は不規則な攪乱要因である。外部から毎期不規則な衝撃(特に衝撃が正規分布に従う場合)が与えられれば、振動の減衰は阻止されて振動的変動が継続することが明らかにされている。フリッシュ・ハーベルモが示したところである。それは、確率論的意味で循環環的振動を示している。「いまや「不規則衝撃」ε の効果が基本的メカニズムに固有な減衰性を相殺するようになる。その結果、ある種のなかば規則的な循環運動がひきおこされ[中略]それは「上限」にふれない循環的変動の可能性を示しており、したがって、しばしば現実の変動はこのような型を示すという事実を説明するのに役立つ」(同、p.152)。
 基本方程式の解がどうあろうとも、循環的振動に帰結するというのが結論のようである。
(注1)ここで、大谷に従い発散解、減衰解と曖昧な表現を使った。カレツキは景気循環波動の発散変動と衰退的変動について述べている(同書、p.150-152)。(図3)や(図4)のような場合である。(図1)や(図2)の単なる、発散解・減衰解の場合にも同じように循環が取り出せるのかは私には良く理解できない。単純発散も天井に突き当たり、単純減衰も静態的状態に至ることまでは判るのだが。
 英国の古書店より購入。

(参考文献)
  1. アレン、R.G.D. 安井伊琢磨・木村健康訳 『数理経済学 上巻』 紀伊国屋書店、1958年
  2. 伊東光晴 『ケインズ』 岩波新書、1962年
  3. 伊東光晴 「カレツキの景気循環論 ― Essays in the Theory of Economic Fluctuations- 」(篠原三代平・林栄夫・宮崎義一編 『近代経済学基礎講座 基礎理論編4 成長と循環』 有斐閣、1968年 所収)
  4. 伊東光晴・根井雅弘 『シュンペーター』 岩波新書、1993年
  5. 大谷竜造 「カレツキーの景気論」(森嶋通夫・伊東史郎編 『経済成長論』 創文社、1970 所収)
  6. カレツキ、M. 増田操訳 『ケインズ雇用と賃金理論の研究』 戦争文化研究所、1944年
  7. カレツキ、M. 宮崎義一・伊東光晴訳 『経済変動の理論 改訂版』 新評論、1967年
  8. カレツキ、M. 浅田統一郎・間宮陽介訳 『資本主義経済の動態理論』 日本経済評論社、1984年
  9. シュンペーター 吉田昇三監修 『景気循環論 Ⅲ』 有斐閣、1960
  10. ヒックス、J.R. 古谷弘訳 『景気循環論』 岩波書店、1951年
  11. 三土修平 『初歩からの経済数学 第三版』 日本評論社、1991年



(原書と翻訳書)


標題紙

(2025/9/7 記)




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