THORNTON, W. T. , ON LABOUR ―― ITS WRONGFUL CLAIMS AND RIGHTFUL DUES ITS ACTUAL PRESENT AND POSSIBLE FUTURE , London, Macmillan and co., 1869, pp.xviii+439,8vo W.T. ソーントン『労働論』初版である。 ミルに賃金基金説を放棄させた書として知られている。 イギリスで賃金基金説批判の先鞭を付けたのはF.D.ロンジである。1886年にロンジの著書を献呈された時に、J.S.ミルは礼状も出さず黙殺したのに対し、親友のソーントンから同様の批判を受けた時は簡単に降参してしまった。(高橋誠一郎『西洋経済古書漫筆』p241-242) ソーントンのミルへの批判は、需要・供給均衡論による価格決定論を批判することによりひいては需・給均衡論による賃金決定論を批判することにある。このため、一般の商品価格の需・給均衡論を反証を挙げて批判している。ポパーではないが、一つでも反証があれば、法則への反駁が証明されたということらしい。 ところが、ミルの「賃金基金説」放棄の真意の解釈については喧しい論議があるようだ。ここでは披見できる(能力の意味も含めて)文献の制約により根岸隆教授の説によることとする。 さて、本書第一版の批判により、ミルは均衡(賃金)が一意的なく複数成立するケースを認め、均衡理論を維持したまま賃金基金説を放棄したのである。 しかし、ソーントンは1970年の第二版で初版に対するミルの書評に対し再説し、ミルのソーントン説理解に誤りがあるとし、自分の例示は需要と供給が一致しない取引すなわち不均衡状態の取引であることを認識させたのである。不均衡取引の成立については経済理論の根幹に関わることでありミルは、これを受け入れることが出来なかった。 私は、根岸隆氏のエッセイの愛読者のつもりである。恥ずかしながら本書の存在を同氏の『経済学史24の謎』で初めて知った。読後すぐに、本書現物は第二版も含めて入手できたが、説明文を書くとなると、自分の頭の悪さを棚に上げていえば、『謎』はなにせコンパクトにまとめられているので良く解らない。その元となった日本学士院紀要という厳しい名の付いた雑誌所載の論文を(こういうものは、素人にはアクセスが困難なのです)読んで少し理解できた気になり、やっと本文をアップできました。 依然紀要論文を見ても、ソーントン挙げた「不均衡取引」例の解説のうち、英式と蘭式オークションの例は判りづらい。根岸氏と馬渡尚憲氏と解釈が異なるからもとより難解なものだろうが。しかし手袋の例なんぞは、定価販売の現代ではごく自然なことと思えるのだが。 (参考文献)
(H18.2.12記) |