QUETELET, A. ,
Lettres à S. A. R. le duc régnant de Saxe-Cobourg et Gotha, sur a Théorie des Probabilités, Appliquée aux Sciences Morales et Politiques, Bruxelles, M. Hayez, 1846, pp.iv+450, 4to.

 ケトレー『確率理論に就いての書簡』1846年刊、初版。
 ケトレーは、確率論、具体的には大数法則を方法原理として、近代統計学を打ち立てた。以前(2010年)ケトレーの『人間について』を取り上げた際には、彼は「一観察対象の多数回測定の誤差の分布の理論を、同種の多観察対象の一回測定の結果に応用した。後者の統計数値の変動も前者同様の誤差曲線を描くとしたのである」と書いた。ガウスは天体観測(ケトレーも天体学者でもあった)の測定誤差から正規分布を導出した。実在する一観察対象たる恒星の位置測定を多数回実施した観察値によるものである。これは、理解し易い。しかし、多数の別人の集合である人間集団を対象とした一回観察(ケトレーの例では人間の胸囲)の数値にも正規分布が当てはまるというのは、どうも私にはすっきりとは納得できかねる。教科書には「人間を含む生物体の形態に関する各種の測定値の頻度分布は、おおむね、このような形状を示すことは、経験的に知られている」(佐和隆光、1974,p.119)と簡単にすまされている。「この経験的に知られている」の部分がケトレーの『確率理論に就いての書簡』の第二篇「中数及び限界に就いて」で、説明されているようなのだが、残念ながら邦訳ではこの編は省略されている。上記ケトレーを取り上げて以来の長い間ずっと気に掛かっていた。母集団確率分布がいかなるものであっても、多数の標本をとれば、正規分布に近似するのであるから余り気にする必要がないのかもしれない。しかし、蔵書を処分したりして終活を始めている身としては、知識の終活もしておきたい。そこで、くだんの第二篇を読んでみた。せっかくなので訳を乗せることとした。といってもそのままでは大部になるので、大幅に刈り込んである。
 
 私の関心事について、最初にまとめを書いておく。ケトレーは、平均には、2つの全く異なる概念があるという。実在する一数値を決定しようとする場合が、「中数」。同質ではあるが大きさが異なる量について、最も近い概念を得るために計算した抽象的数値が「算術平均」である。具体例では、前者はある建物の高さを複数回測定して平均を求めるもの。後者はある街路の建物の高さの平均を求めるもの。前者が本来の平均(中数)であり、その要素には連続性があり、確率論による誤差法則に従う。後者の要素は、本質的な関係がないために分布は無秩序である。しかし、算術平均であっても、隠された関連があるなら中数となる。
 ところで、人間の形態に関する測定値は算術平均に該当するものである。それが、中数と同じ誤差法則に従うというのである。算術平均と中数を架橋するものとして、古典古代時代の彫刻像の「剣闘士」が持ち出される。一体の剣闘士像の胸囲平均の測定は中数である。次に、ある一体の彫像をモデルとして多くの彫像を模刻する。多数のコピー像の胸囲測定は、模刻の際の誤差に加えて測定誤差を生む。しかし、その併せた誤差は、一個人の胸囲を(拙い技能の測定者が)多数回測定する誤差と区別できない。それらも確率法則に従うのである。これと同じことが多人数の胸囲測定の場合にも当てはまる。実際、徴兵対象者の胸囲の測定した記録は正規分布に従っている。それは、多数の測定対象者が、ある個人(いわば理想的なモデル)を原型にして型取って作られたかものであるかのような結果が生じていることによる。というのも、種の保存に関して自然が定めた「型」を維持するという法則が人間にも働いているゆえである。結局、観察対象集団の性質に正規分布となる特徴があるなら、それは大量観察を通じて発見できるということか。

 以下、『確率理論に就いての書簡』の第二篇「中数及び限界に就いて」の抄訳である。
注意点は下記の通り。
  1. 基本的には英訳書に従ったが、英訳書で意味の取れないところが多いので、仏原書(翻訳ソフトの力を借りた)も参照した。英訳には誤りが多々あった。英訳を訂正した箇所には(+)をつけた。
  2. 原書は皇太子に宛てた書簡体で書かれている。賛辞や挨拶部分は省略し、丁寧語を普通の文体に替えた。
  3. 書簡X~XIIIは原文の半分程度に省略して訳した。XIV~XVIは、教科書的な内容なので大幅に省略して、大概がわかるようにした。必ずしも原書の表現に忠実ではない。XVII,XVIIIも。半分程度に圧縮、XIX以降は興味のある個所だから、ほぼ原書通りに訳した。全体に、所載の表も、一部省略した。
  4. 英訳は数表だけでなく、地の分でも原書のメートル法や、通貨フラン表示を、ヤード・インチ法やポンドに変換表示している。換算が誤っている箇所が散見され、端数表示が多くなる。メートル法に慣れた、吾々にはかえって理解し難いので原書の表記に戻した。
  5. Meanは中数と訳した。平均としてもよいのだが、邦訳書(この部分は訳されず、表題だけの訳)や参考書が中数と表記しているからである。英訳書も仏原書が、Moyenneの所をaverageと訳しているところもあるので、訳語にこだわらない方がいいのかもしれない。
  6. 全体の文章が長いので、注は各書簡の後ろに置いた。注番号は全体の通し番号である。
    第二篇 中数と極値について
   ――――――――
 (第Ⅹ書簡 中数と極値の全般について)
 充分に注意して、一つの物体を何度計測したとしても、ほぼ必ずといっていいほど、計測値は異なる。しかし、私たちの思考は、ある特定の数値、すなわち偶然誤差を可能な限り排除した形で一連の観測結果を代表するような「中数」(mean)を定め、そこに落ち着こうとする。中数の理論は、あらゆる観察科学の基礎となるものである。それはあまりにも単純で自然なため、人類の精神的発展にどれほど大きな貢献を果たしてきたかを、私たちは十分に理解できないほどである。ここで指摘しておきたいのは、変動量の中数という概念に囚われがちで、これらの変動が作用する範囲、つまり両極値を見失いがちになっていることである。
 古代から漠然とあった中数の概念は、比較的近代になって明示された。中数は、一連の観測値の合計を観測数で割ることによって得る、という原則が確立された時期を確定することは難しい。限界値の考察は、それが平均の概念を完成させる限りにおいて、確率論を自然現象の研究に適用することによってのみ確立できた。古代ギリシャでは、アルキメデスは、重心の研究に中数を巧みに利用した。メトンは、メトン周期(太陽年と朔望月の周期の一致)を中数計算を使って発見した。アリストテレスは、中数の性質を道徳科学に応用した。しかし、これらの初期の認識と、今日の学術的な理論との間には、大きな進歩がなされた。

 (書簡XI いわゆる中数および算術的平均について)
 中数を取る場合、2つの全く異なることを念頭に置いている可能性がある。実在する一数値を決定しようとする場合、および同性質ではあるが大きさが違う様々な異なる量について、可能な限り最も近い概念を与える数値を計算しようとする場合である。
 前者は、ある建物の高さを測定するような場合である。20回連続で測定しても、多分、測定値は一定しない。しかし、建物には一定の高さがあると考えられる。正確な高さを推定できなかったのは、測定作業に、ある程度の不確実性が伴うからである。測定値のバラつきの範囲は、測定者の技量や使用機器の精度によって決まる。すべての測定結果の平均値を真の高さとすることで満足することになる。後者は、ある通りに面する家々の高さのおおよそのイメージを知りたいような場合である。それには、それぞれの家の高さを測り、その合計を家屋数で割る必要がある。この平均値は特定の家屋の高さを表すものではないが、街全体の高さを把握するのに役立つ。その平均値のバラつきの範囲は、家屋の多様性による。
 これら二つの例の間には、非常に重要な違いがある。前者の例では、中数は実際に存在する事物を表している。後者の例では、中数は抽象的数値であり、本質的には異なるが同質である多くの事物についての一般的概念を表す。別の見方をすると、二つの例で中数を形成するのに寄与した数値は非常に異なっている。後者の例では、それら数値は連続性の法則によって互いに結びついていない。一方、前者の例では、高さの測定値は、多少の誤差はあるが、中数の両側に非常に規則的に分布しているため、それらが包含される極値が分かれば、その値を予測できる可能性がある(詳しくは後述)。 
 これら二つの例で示された区分は非常に重要である。前者には中数(mean)という名称を、後者には算術平均(Arithmetical mean)という名称を用いる。後者は、本質的な関係を持たない量を単純に計算した結果であることを示すためである。ここで、本質的関係を持たないといったが、予想外のところ関係が認識されることがある。その場合、算術平均は真の中数となる。
 算術平均は、さまざまな要素から導き出されるとはいえ、それによって、それが表す一般的な概念が役に立たない、あるいは重要でないということではない。例えば、平均寿命は、ある国で同時に生まれたすべての個人が生きる年数を合計して、人数で割ることで求められる。文明国では平均寿命が延びており、その慶事をすべての個人が享受している。しかしながら、平均寿命を考える時、しばしば誤りが生じることを指摘しておくべきである。もし、ある老人の父親の寿命から10歳を差し引いて、生後直ぐに死亡したその嬰児の寿命に加えたとしても、平均寿命は全く変わらないだろう。しかし、この10年の移転は、家族の運命に大きな影響を与える。なぜなら、家族は働き手を失った一方で、養うべき子供が一人増えることになるからだ。平均寿命が表す数値は、死亡率の概略を示すに過ぎず、慎重に用いる必要がある。これほど異質な要素を用いた算術平均の例を挙げるのは難しいだろう。平均寿命の計算において、子供の1年と、人生の絶頂期にある男性、あるいは老年期の男性の1年は、同じ値として扱われる。

 (書簡XII 国家学における算術平均の適用例)
 観察に基づく科学、とりわけ国家学(political science)では、しばしば中数[標題からみて前書簡で定義した「算術平均」の意味であろう。以下でも同じ:記者]が用いられる。統計家は、労働や主要消費財の価格を求めるが、それら価格は、日あるいは地域によって変動する。したがって、価格の中数や極値を知ることが重要となる。
 小麦の価値を検討するにあたっては、特定の時期や特定の地域だけを対象とすべきではない。むしろ、ある程度の年数にわたる全体的な算術平均を求め、同時にその中数がどのような範囲に収まるかを調査すべきある。そこで、オランダ王国の成立直後の10年間、およびその後の6年間について、見て取れる結果は、

期 間 中数価格  最高価格  最低価格
 
1817 から 1826
1827 〃  1836
1837 〃  1842
 Fr.
17.76
18.16
20.40
 
35.38   1817年
25.58  1829年
22.76  1839年

11.09  1824年
13.19  1834年
16.51  1837年

 第一に、小麦の中数価格(英訳average price;仏原書ではprix moyen)は段階的に上昇した。第二に、価格の変動幅は次第に縮小した。これら二つの事実は、我々の社会状態から生じる自然な帰結である。第一の事実については、小麦のような有用で不可欠な商品に対比すると、貨幣の価値は次第に低下していくことによる。このことは経済学者にとって周知の事実であり、すでに原因も明らかにされている。第二の事実は、あまり注目されていないが、重要で興味深いものである。文明の進歩に伴う一般的な帰結として、変動するすべての社会要素は限界の間で振動し、それらに関する我々の知識が進歩するほど、その限界は狭くなる。ここで「我々の知識」とは、単なる個々の事実の理解ではなく、制度の叡智や政治的安定、さらには市民の身体や財産を保障するあらゆるものを包含している。さまざまな社会的要素の変動範囲を狭めることの利点については、著書の『社会物理学』で論じた。
 一例をあげるならば、上表が示すように、1817年には小麦価格の高騰が最も激しかった。価格は35フラン以上、すなわち中数価格の2倍にまで達した。この災厄の年は、死亡表や人類の福祉に関して、深く痛ましい爪痕を残した。穀物価格の急激な下落も、同様に深刻な結果をもたらすだろう。ただ、その打撃を消費者に代わって生産者が受けることになる。ベルギー[ケトレーの母国:記者]に海外から大量の穀物が流入し、通常の穀価が半減するような事態になれば、それは農業従事者にとって真の災難となり、その影響はほどなく、とりわけ死亡者数の統計に表れることになるだろう。この事実があまり注目されてこなかったのは、穀価変動において、中数からの上下の振れ幅が等しくないためである。すなわち、価格が上昇する場合の変動幅は、一般的に、価格が下落する場合の変動幅よりも大きいからである。
 公益に関わる一般的問題を扱う政治家は、他の人々に比べて、中数を使用する必要に迫られることが頻繁にある。結論を迅速に導き出すために、科学的に収集された正確な資料がない場合、彼らは往々にして、真実に近似しているに過ぎない情報で間に合わせざるを得ない。産業や農業の利害に関わる法律を策定する際、統計上の問題を考慮に入れなければ、十分なものとすることはできない。にもかかわらず、最進の文明国でさえ、自国の資源や需要に限っても、ほとんど把握されていないのが実情である。

 (書簡XIII 気象学における算術平均の利用例)
 次に、中数の使用例を自然科学、その中でも気象学に求める。ある日の気温は極端な温度(最高気温と最低気温)の算術平均が取られる。この中数値は温度の目安にはなるが、多くの点で不十分である。24時間を通じて一様に摂氏11度であった可能性もあれば、6度から16度、あるいはそれ以上の極値の間で変動していた可能性もある。
 こと健康に関することであるから、気温を検討することは些細なことではない。同一場所であっても、季節によってその変動の様子は異なる。この問題について論じることは、検討中の課題について正確な理解を得る上で大いに役立つだろう。ブリュッセルの気温に関する研究を採り上げる。まず、中数気温とは、本来は、一日中絶えず観測した結果求められるものである。しかし、もしそのために、観測者が24時間不休で計器に張り付かなければならないのなら、いかに熱心な研究者といえども、そのような方法を用いようとはしないだろう。別の安易な手続きで、平均気温が求められることが分かっている。その一つが、その日の最高気温と最低気温の算術平均をとることである。こうして得られる数値は、連続観測によって得られる数値とほとんど変らない。その上、最高気温や最低気温の値やその発生時刻を自動的に観測する計器が存在するから、観測者の負担はない。こうした簡便法によって、一日の中数気温と2つの極値という重要な3つの値を(極めて高い精度で)得ることができる。
 まず、中数気温から見る。何日間か観測すると、中数気温が大きく変動することが分かる。例えば1842年7月の場合、毎日の中数気温は25.05°(摂氏)から13.85°という極値の範囲で変動した。7月(31日間)の気温の算術平均は17.13°となり、この値がその月の中数気温を表している。さらに、1833年から1842年までの10年間について7月の気温を調べれば、以下のことがわかる。表[略:記者]には、各年の7月における、中数気温および最暑日と最寒日の気温も示されている。10年間にわたる7月の各日の中数気温(計310日分)を参照すると、7月の中数気温は17.85°となる。同期間における最暑値は1838年の26.2°、最寒値は1839年の11.4°である。しかし、これら両極値が同一の年に現れる可能性は極めて低いと言える。最も可能性の高い極値は、各年の個別値の全体から導き出されるものであり、それは22.58°から13.42°の範囲である[10年間の各年の最高気温と最低気温の平均値:記者]。
 10年間にわたる各7月の日々の気温、計310個の算術平均を17.85°とするにあたり、それら310個の数値の間に何ら必然的な関係があるとは想定していなかった。しかし、そうした関係の存在を発見できなかったが、それら数値には何らかの秩序をもって提示されていた可能性もある。この点を調べてみるのも興味深いかもしれない。そのような関係が存在するとすれば、それを検証する最も単純な方法は、観測されたすべての温度を偏らずに大きさの順に並べ、例えば1度刻みで分類することである。

 温度         各年の日数   10
年間
 摂氏 18
33

 34
 
35
 
36
 
37
 
38
 
39
 
40
 
41
 
42
11 から 12
12  〃 13
13  〃  14
14  〃  15
15  〃  16
16  〃  17
17  〃  18
18  〃  19
19  〃  20
20  〃  21
21  〃  22
22  〃  23
23  〃  24
24  〃  25
25  〃  26
26  〃  27
-
-
-
-
2
3
7
7
7
3
2
-
-
-
-
-
-
-
-
1
-
1
-
3
5
3
7
4
3
1
3
-
-
-
1
-
1
4
3
4
4
8
4
1
1
-
-
-
-
1
1
3
3
3
5
3
4
2
1
4
1
-
-
-
-
1
-
2
2
8
10
5
-
2
-
1
-
-
-
-
-
5
-
1
5
2
4
3
1
2
3
3
-
1
-
1
1
1
3
-
1
2
6
3
5
3
3
3
-
-
-
-
-
1
2
4
6
6
6
4
2
-
-
-
-
-
-
-
-
-
13
7
5
1
2
1
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
1
6
8
2
6
2
1
1
1
1
2
-
-
-
1
9
21
24
33
32
49
35
31
24
21
17
7
2
3
1

  最も頻繁に記録された気温は、摂氏17°から18°の範囲であり、49日間観測された。注目すべきは、この数値が全観測データの中数気温とほぼ一致していることである。次に頻度の高い温度は、この最頻値との差が最も小さいものである。実際、それらは49という値を挟んで、大きさの順にほぼ対称的に並んでいることが見て取れる。専門家は、幾何学的な図や曲線を用いて、こうした抽象的結果を目に見える形にする。そうした曲線は、一連の数値の推移を一目で示してくれるものである。

 

 上図に示された線がその一例となる。ほとんどの場合、この線は最大値に到達するまでは、上昇、そして下降していくのが見て取れる。互いに必然的な関連を持たない数値の算術平均をとる場合、その形状は概して非常に不規則なものとなる。しかし、その中数が単なる抽象的な数値上の結果ではなく、季節や地域に関した一般的な気温(もっとも、偶発的状況によって多少なり影響を受ける可能性あり)を反映している場合、十分な観測数さえあれば、曲線はその規則性を示してくれる。この点を見極めるのは非常に微妙な判断を要する。これについては今後の書簡で詳述する予定。
 我々の最初の例に戻る。ある国の気候を論じる際、考慮すべき重要な要素が3つあると述べた。それは、日々の中数気温と、2つの極値である。これらの変動の様子は毎日同じではなく、大気の状態に関する様々な要因の影響を受けている。しかし、1ヶ月間の観測結果をまとめ、連続31日間にわたる変動の算術平均を求めれば、偶然要因による影響が概ね取り除かれた数値が得られる。この数値は、その場所におけるその月の標準的な状態を表すものである。一定期間にわたる観測により求められる数値で、変動幅は、中数気温そのものに比べて変化がはるかに少ない。毎年観測される傾向は、非常によく似た形で現れる。具体的に示すために、毎日の気温について、先ほど掲げたものと同様の表[略;1833-1842年の各7月における1日の気温変動表。各年の中数変動値、変動の最大値、変動の最小値が表示:記者]を作成してみる。
 7月の一日の気温の変動幅はおよそ10°Cであり、この値は年ごとにほとんど変化していない。しかし、個々の日について見てみると、1833年には変動幅が最大の17.8°Cに達した日もあれば、1842年には最小のわずか3.4°Cにとどまった日もある。これら2つの極端な変動幅の差は14.4°Cである。一方、7月中のある日の中数気温は、26.2°Cと11.4°Cという2つの極値(最高気温と最低気温)の範囲内に収まっており[略した1番目の7月の気温表による:記者]、その変動幅は14.8°Cだが、これは先の14.4°Cとほとんど変わらない。
 連続した10年間の7月に観測された310件の気温変動の分布状態は、以下の表から判断できる。この表には、同期間における1月の気温変動分布も併せて記載されている。

24時間の気温変動  
 摂氏 度  7月  1月
1 から 2
2 〃  3
3 〃  4
4 〃  5
5 〃  6
6 〃  7
7 〃  8
8 〃  9
9 〃  10
10 〃  11
11 〃  12
12 〃  13
13 〃  14
14 〃  15
15 〃  16
16 〃  17
17 〃  18
 -
-
1
7
10
24
34
41
42
41
38
26
19
16
6
3
1
 8
31
61
68
50
32
22
8
4
3
4
1
1
-
-
-
-

 すでに見たように、7月気温の変動幅の中数値は10度弱であった。上表の変動幅についても、観測値数が最も多く集中しているのはこの値の周辺である。その他の観測値は、この中数値を挟んでほぼ両側に対称的に分布している。1月における気温の中数変動幅は5.16度であった。ここで注目すべきは、各数値が中数値の両側に必ずしも対称的に分布していないという点である。その理由については、後ほど説明する。
 7月の気温の日変動が1月のそれよりもはるかに大きいことは、すでに指摘されている。これは偶然の要因によるものではなく、恒常的な原因によるものである。各月について個別に計算してみると、実際、日変動は最も暑い月から遠ざかるにつれて次第に小さくなり、冬の寒さが最も厳しい1月[12月の誤り?:記者]に最小をとることがわかる。
 この点に関する詳細については、以下の表を参照のこと。

 月  中数気温  日変動  月変動  10年間の
最大変動
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
 1.83°
4.10
5.97
8.50
13.97
17.40
18.00
18.03
15.20
10.97
6.47
4.07
 5.16°
5.70
6.73
8.33
10.07
10.20
9.97
9.80
8.30
6.85
5.47
4.90 
 14.8°
13.0
14.2
15.6
17.6
17.9
16.7
17.2
15.4
13.8
13.2
12.6
  29.0°
23.2
23.4
24.5
26.0
25.2
22.8
25.5
25.2
20.4
22.7
25.9

 第1列[月の表示を除く:記者]は各月の中数気温を、第2列は24時間における気温の変動幅を示す。第3列は月間気温変動幅の平均を表し、これはその月の最高気温と最低気温を比較して求められる(観測期間10年間の各年について値が算出され、それら10個の数値の算術平均を記載)。最後に、第4列は各月について、10年間の観測期間中に記録された二つの極値の差を示す。
 日変動は気温の上昇とともに増大するが、その法則を特定するのは困難である。日変動は後半の6ヶ月間よりも前半の6ヶ月間の方がわずかに大きい。さらに、日変動は日照時間の長さに依存しているようで、6月に最大となり、12月に最小となる。12月の値は6月の約半分になる。
 気温が低下して零度を下回ると、温度変動の幅も次第に小さくなり、連続性の原理を認めるとすれば、惑星間空間の温度(零下約60度に相当する[現在は-270°Cとされている:記者])に達するよりもずっと早い段階で、おそらく変動は消失すると容易に見て取れる。この理論は、日々の温度変化がないことを必ずしも認めているわけではないが、地球の温度が惑星空間の温度と等しい場合、地球は安定した温度平衡状態にあり、天体から受け取る熱量と、地球が天体に放射する熱量が完全に一致することになる。
 気温変動におけるもう一つの極限、すなわち気温が最高値に達する場合も、興味深いだろう。もし太陽が天頂を通過し、かつ地球に大気が存在しないと仮定すると、その最高値が実現することになる。その場合、正午には太陽光が垂直に射し、大気の遮蔽による減衰もない。一方で夜間には、放射による熱の放出が最大となる。夏には時折約32℃に達する気温も、もし太陽が天頂にあれば[ブリュッセル、北緯50.85°:記者]約40℃、さらには約45℃にまで上昇する可能性がある。そして、(少なくとも4分の1の熱を吸収する)大気が存在しなくなれば、気温は約60℃にまで達するかもしれない。
 1日の極端な温度[最高気温と最低気温]を比較するのではなく、同月内の二つの極端な温度を比較すると、その変動の極値はより大きくなる。なぜなら、気温の変動に影響を及ぼす諸要因は、24時間よりも1ヶ月という期間において、より大きく変化し得るからである。また、赤道から太陽までの距離も、前者の期間に比べて後者の期間の方が、より顕著に増減する。異なる年の特定月の極端な気温を比較すると、その差はさらに大きくなる。その一方で、年間の各月においては、その値はほぼ等しくなる[上表「月変動」間の相対的倍率が「日変動」のそれより少ないことか:記者]。最も大きな変動[「月変動」の「日変動」に対する倍率のことか:記者]が観測されたのは(当然のことながら)1年で最も寒い月である1月である。こうなると、月ごとの変動はもはや気温の高さや日照時間には左右されない。これら二要因は、少なくともそれ以上に強力な他要因によって変化させられる。それらの要因は、冬の夜間に(時に著しい)放射冷却や気温の低下をもたらす大気の状態に関係しているものと思われる。

 (書簡XIV 2種類の単純な事象(その発生確率は等しく、組み合わせの数は少ない)の発生に関する法則。理論と実験の一致。)
 この章(書簡)は、教科書的にいえばベルヌイ試行における、p = 0.5の場合の2項分布について述べたものである。入門書に出てくる事例が多いので内容を簡略にまとめて書く。まず、男性と女性の死亡数が等しい国を想定して、ある1冊の葬儀記録簿を採り上げ、その最初の一行目に記録されているのが男性か女性か、次の行は男性か女性かを続けていくと、理論的には両者の数は一致する。差があっても、調べる死亡数が増えれば差は縮小するはずである。以下理論上の話である。次に死亡記録を1つずつではなく、記録順に2つずつ(1番目と2番目、3番目と4番目、…)取り上ると、男性2人、男性女性各1人、女性2人の3つの組合せが生じる確率は、1:2:1となる。同様に、3人ずつ取り上げると、男性3人、男性2人と女性1人、男性1人と女性2人、女性3人の4つの組合せが生じる確率は、1:3:3:1となる。取り上げる人数を増やした時に生じる確率の比率はよく知られたパスカルの三角形の数字で表されている(13人ずつ区分する例迄あげられている)。
 ケトレーは、以上を実験で検証するのは、労力に見合う結果を得られないとして、次の実験を実施した。ツボの中に白球40個と黒球40球を入れ、よく混ぜて取り出す実験である(取り出した球はツボに戻す)。連続して4,096回の取り出しを行った。結果は、白球が2,066個、黒球が2,030個である。取出結果のリストを、二つずつの組(1番目と2番目、3番目と4番目…等2048組)、あるいは3つずつの組(1365組)、4ずつの組(1024組)…等に区分してその白球・黒球の組合せの出現値を理論値(上記パスカルの係数)と比較している。そして、観測回数(各組の組数のこと、1組とする個数が増えると減少する)が減るにつれて実験結果と計算値の差が拡大することを明らかにしている。観測回数が減少するのに反し、起こりうる各事象が増加するので、1事象当たりの観測回数が減少するからである。これは、実験結果の精度は観測数の平方根に比例して向上するという理論にも整合しているとする。[ケトレーのあげた数値が誤っている思われ得る所(複数)があり、一部私には理解不能なところがある:記者]
 取り出し試行を無限に続けて、2個組、3個組等を造れば、実験結果は計算値と合致することになる。しかし、実験という方法では、無限回の試行を行うことは不可能である。それにもかかわらず、試行を重ねるにつれて、誤差や差異は小さくなっていく。さらに言えば、こうした差異がある特定の範囲内に収まる確率を特定することも可能である、ということがわかる。

 (書簡XV 等しい確率(chance)を持ち、かつ多数の組み合わせが可能な2種類の単純な事象の生起について――可能性(possibility)尺度――その構成)
 前書簡では、白と黒の球が同数ずつ無限に含まれている壺から球を一つずつ取り出し、球の色を記録し、球を3個、4個、5個、……最大13個の組(球取出については実際は7組まで:記者)にまとめるという仮定に基づき、取出の法則を示した。この取出を無限に続けることができたならば、観測された結果は計算上の結果と完全に一致していただろう。
 白球・黒球取り出しの2項分布の理論値を最大13個ずつの組まで計算したが、球を、14個、…1000個、1万個、100万個それ以上のまとまりで取り出す場合まで表を拡張することは可能である。一度に取り出す(注1)球の数が多くなると、起こりうる事象の組み合わせは膨大に増大するため、理論を実験によって検証することなど不可能ではないかと思えてくるほどである。一度に12個の球を取り出す場合でさえ、起こりうるすべての組み合わせが少なくとも一度は出現するためには、少なくとも4,096回の取出が必要であることをすでに見た。もし一度に1,000個の球を取り出すとして、あり得るあらゆる組み合わせを、その可能なすべての配列を含めて少なくとも一度は取り出しするとすれば、天地創造以来の歳月よりも長い時間を要することになるだろう。実験を理論と合致させるのに十分な回数だけ、可能なすべての取出しを繰り返そうとすれば、ほとんど永遠とも言える時間が必要となるはずである。そのような証明を夢見ても無駄である。幸いなことに、確率論を観測科学に応用する時には、それらを回避することができる。
 私は、考えられるすべての取出結果とその確率を慎重に計算するだけで十分であることを証明したいと考えている。
 ここで、一度に999個の球を取り出すという特定のケースについて考えてみる。前の表の順序に従えば、最初に現れる事象は、黒い球が一つもなしで999個の白球を取り出すというものだろう。しかし、このような取出し方が起こる可能性は極めて低い。その確率は、全体として考えられるあらゆる機会の数(300桁)に対して、わずか1通りにすぎないからである。白球998個と黒球1個を取り出すという事象もまた、極めて低い確率でしか起こり得ない。多数の白球と少数の黒球、あるいは多数の黒球と少数の白球を取り出す場合も同様であり、これらは事実上不可能であるとみなすことができるだろう。各回の取出における白球の数が黒球の数に近づくにつれて、その確率は高まる。そして、確率が最大となるのは、白球500個・黒球499個(あるいはその逆)の場合でで、その確率は0.025225となる。
 もし、実験によって理論を検証しようとするならば、999個の球を取り出す試行を何度行っても、白球と黒球の数はほぼ同数になるだろうと確信を持って言えるはずである。実際、どちらかの色の球の数が他色の球の数を160個上回るすべての取出結果は、すべて合わせても50万分の1以下の確率しかないだろう。999個の球からなる任意の組を取出する可能性を示す表を作成するにあたり、後者の取出(その数は840通りにのぼる)を考慮に入れる必要はない。白球を420個以上、579個以下含む160通りの組について計算を行えば十分である(巻末には「可能性の尺度」と呼ばれるこの表が掲載されている:記者)。
 今度は視覚に訴えること(下図)で、よりうまく伝えられるかもしれない。

 
 [この図は、999個の球を一度に取り出す場合、含まれる白球の数を横軸にとり、縦にその出現確率を示したものである。A(左)が550個の白球を取り出す度数、目盛は1個ずつである。右に行くにつれて白球の数が減り540,530と減少して、B(右)の450に至る。図中で並んで示されている小さな長方形は、それぞれ、999個の球を取り出す際に起こる結果の確率を、その大きさで表している]最大確率は、1回の取り出しで499個の白球を取ることであり、この確率は図中でab'[横軸中央部分]上に構築された最大の長方形で表されている。最大値点を越えて、小さな長方形の高さは急速に減少していく。450個の白球を取り出す確率を表す長方形は、ほとんど高さを持たないため、それ未満の場合は描かれていない。この図は軸aa'を挟んで左右対称になっているのは当然である。なぜなら、白球について起こることは黒球についても同様に起こるはずだからである。個々の取り出しに対して賭けうるとされる金額は、その取り出しに対応する小さな長方形の高さに比例する。
(注1)これまでは、壺から球を取り出し色を記録して戻し、その記録を組に区分した説明だったが、ここでは一度に数個の球を取り出す説明のように読める。球が無限個の場合は同じことということか。
 (書簡 XVI 可能性の尺度は、その適用において普遍的なものである)
 これより、前の二通の書簡で提示した考え方をより一般化し、算出したような「可能性の尺度」が、球の数が999個を超える場合であれ、それ未満の場合であれ、あらゆるケースにおいて適用可能であることを説明したい。このように表を一般化して示すことで、その有用性を十分に明らかにできるはずである。

 

 曲線 c f' a f d は、我々の「可能性の表」記載の数値を表すものとする。この線は、前書簡で描いた図の折れ線を連続的な曲線に置き換えている。ここでも点 c および d で描画を止めているが、本来この線は、図を越えて遠方の限界点まで延びるべきものである。
 線分CDは、点a'の両側に左右対称に配置されている。各分割点e は、点a' からの距離によって、999個の球を取り出する際の2色の球の数の差を示しており[前書簡の図は白球の数:記者]、対応する垂線ef の長さは、その取り出しが行われる確率を表している。
 ここで、各回の取出しにおける球の数を4倍にした場合の確率曲線を計算し、作成する。999個の代わりに3,996個の球を用いる。比較を可能にするため、ここでも垂線aa'を用いて、起こる事象の確率を表すことにする。そうすると理論上、新たな確率曲線はφ'aφ という形状をとることになる。この曲線では、最初の曲線の垂線(fe、f’é など)がすべて、軸aa' に向かって1対2の比率で近づいている。この比率は、これら2つの曲線に関連する数値999と3,996の平方根の比によって決定される。
 もし各回の取出す球の数をさらに4倍にして15,984個としたならば、確率曲線はi a i' という新たな形状をとり、その幅は曲線φ’ a φ に対しては2分の1に、曲線ƒ’ a ƒ に対しては4分の1に狭まることになる。
 各回の取出しで取出球の数が多ければ多いほど、白球と黒球の数の間には均等性が生じる傾向がある。各回の取出で無限個の球を取り出すとすれば、可能性を示す線は事実上、垂直線 aa' に収束することになる。つまり、無限個の球を抽出することが出来るなら、白球と黒球を確実に同数だけ取り出せることになるのだ。したがって、十分な数の結果が得られている場合、それらがどのように中数の周囲に集まるかを示すには、線c a d で十分である。
 それでは、実験によって理論を検証してみる。白と黒の球が完全に等しい割合で無限に混ざり合って入っている壺を想像する。壺の中身は隠されているが、中身を確かめるために球を次々と取り出すことは許されている。どのような手順を踏むべきか。もし一度しか取り出すことが許されないとしたら、理論によらずとも、常識は多数の球を取り出すべきと告げている。実際、もし一つしか取り出さなかったら、壺から黒球か白球のどちらか一つを取り出すにすぎないため、球の分布を知ることは不可能である。
 例えば6個取り出すとすれば、7通りの組合せが考えられる。しかし、これら7通りの取出結果の確率は等しくない。最も確率が高いのは、白球3個・黒球3個が取り出される場合である。白球2個・黒球4個、あるいは白球4個・黒球2個を取り出すかもしれないが、これらは正確な内訳までは示さないにせよ、壺の中の球の全体的な分布についてのおおよその見当を与えてくれるだろう。白球を2個、3個、あるいは4個取り出せる確率は、50/64になる。
 一度に99,999個の球を取り出す場合、取り出した球の構成について、100回に1回未満の確率でしか生じないような誤差の範囲内に収まると断言できる。したがって、もし壺の中に白球と黒球が同数入っているならば、取り出される白球の割合は49%、50%、あるいは51%のいずれかとなり、それ以外の組み合わせが生じる可能性は事実上皆無であるとみなせる。
 こうした結果は、物理学や化学の分野において有用な応用が可能かもしれない。多数の試行を行い、もし「等しい」という結果ではなく「差」が生じたならば、そこには何らかの原因があるはずである。すなわち、そもそも等しい割合ではないか、あるいは我々の操作が適切でなかったかのいずれかである。
 さて、実験を行ってみる。白球と黒球を分けながら数を数える。白球と黒球は同数になるだろうか。おそらくそうではないだろう。しかし、ある程度近い割合にはなるはずであり、取り出した球の数が多ければ多いほど、その結果は真の比率に近づくことになる。

 (書簡XVII 中数の理論)
 これまでの3通の書簡において、私は、ある事象が起こる確率と起こらない確率が等しいという条件下での、その事象の発生に関する法則を説明してきた。そこで今度は、この理論がいかにして中数の理論と直接結びついているのかを説明したい。
 観測結果が桁違いに異なる例をあげてみよう。そのために、ライン川沿いのドラッヘンフェルス山の高さを測定したと仮定する。さらに、実際の高さを得る代わりに、毎回異なる値を得たと仮定するが、過大または過小の誤差を生じさせるような特別な原因は存在しないものとする。これら個々の値の平均値は、おそらく山の実際の高さそのものではないだろうが、それと大きく異なるものでもないはずだ。観測を続けた場合、誤差の範囲がどこまで広がるかは分からない。そこで、未知の量の代わりに、何らかの既知の量を用いることにする。必要なのは、自分に生じうる誤差の程度を確定することである
 この問題全般を考えると、山の真の高さは、白球と黒球を同数ずつ引くことに対応する。つまり、考えられるすべての組み合わせにおいて、最終的には求められる真の高さよりも高い値と低い値の数が同じになり、それらの平均値が真の高さに等しくなるということである。しかし、私の導き出した値はそれとは異なる。この値は、(他の条件がすべて同じであれば)観測回数を増やすにつれて、本来得られるはずの値に近づいていくものである。以上が、私の最終的な結果の精度に関する説明である。しかし、今検討した問題のほかに、さらに興味深いと思われるもう一つの問題が提起される。それは、観測された結果が中数値の上下に無作為に分布するのではなく、ある特定の秩序、すなわち「可能性の尺度」によって定められた秩序に従って分布している、という点である。
 したがって、ある高さを測定する場合、得られた最大値と最小値の間には、中数値から様々な距離にある値が存在することになるが、最も多くの値は平均値のすぐ近くに集中する。これは、真の値(求めるべき数値)から測定値が乖離するにつれてその結果が得られる確率が次第に低下するという事実によるものである。この現象は、発生確率が等しく、かつ様々な組み合わせ方で生じうる2種類の誤差[観測回数と測定精度か:記者]の発生を支配する法則に従っている。仮に、理論値と計算値の間の差が解消されたとみなせるほど十分に多くの回数、ドラッヘンフェルスの高さを測定したとすれば、それらすべての測定値の中数が、求める高さを示すことになる。さらに、観測値を大きさの順に並べ、10センチ刻みでグループ分けしていくと、最も多くの観測値を含む2つのグループが、±10センチの誤差範囲内で山の高さを示すグループとなる。続く2つのグループは±20センチの誤差範囲で高さを示し、それ以降も同様となる。平均値から離れるほど、各グループに含まれる観測値の数は少なくなっていく。
 今や我々は、誤差の間に生じるであろう秩序を、先験的に認識しうる段階にある。前書簡で述べたように、一連の観測にはそれぞれ固有の「可能性の尺度」が存在する。この尺度の性質は、観測回数や、観測に用いられた手段の精度によって決定される。さらに忘れてはならないのは、我々が常に「過大な誤差(プラスの誤差)」が生じる確率と「過少な誤差(マイナスの誤差)」が生じる確率は等しい、という仮定に基づいて厳密に議論を進めているという点である。我々が偶発的に犯す誤差が、これほど完璧な秩序をもって並ぶというのは、驚くべきことではないだろうか。また、我々の意図とは無関係に、あたかも最も理にかなった組み合わせの結果であるかのような対称性をもって、それらの誤りが生じていくということも。
 推移の秩序や結果の数をなぞる曲線は、確率曲線と同一のものとなる。なぜなら、大小の誤差が生じることは、黒と白の球の数が均等な状態から多かれ少なかれ偏った状態でそれらを取り出すことに似ているからである。
 過大な誤差が生じる確率と過少な誤差が生じる確率が等しくない場合、結果の推移をたどる曲線は、ある程度の規則性は保ちつつも、その対称性を失うことになるだろう。すなわち、曲線の頂点はもはや両極値から等距離には位置しなくなるのである。偶然的な原因の影響について今後一般的に論じる際に、この曲線について改めて触れることとしたい。
 互いに全く独立した異なる量の算術平均をとることで満足してしまうと、それらの観測値をたどる線にはもはや何ら規則性が見られなくなる。あるいは、もし何らかの規則性があったとしても、それは単なる偶然によるものに過ぎない。
 (以下力学における「平衡」や「てこ」の理論と「平均の理論」との興味深い類似点が述べられている。略す:記者)
 一連の観測を曲線で表すことは、時に有益である。そうした曲線を一見するだけで、互いに全く無関係だと思われていた数値の間に、ある法則が存在するかどうかが明らかになることがあるからだ。私は今後、興味深い事例を数多く挙げることになるだろう。その中でも特に私が重視している事例が一つある。それは人間に関する理論に関わるものであり、科学的観点からその理論を考察する際、ある程度その基礎となり得るものである。
 一連の観測における精度の度合いを測定する方法については次回の書簡で簡潔に取り上る。

 (書簡 XVIII 真の意味での「中数」について――精度の尺度――確率誤差――精度の係数(モジュラス))
 我々は今や、一連の観測における精度の度合いを測定する手法を手にしている。さらに、様々な観測系列の相対的な精度を割り当てることも可能である。例えば、二人の人間が同一の建造物の高さをそれぞれ1,000回連続で測定したとする。その際、彼らの測定結果に対してどの程度の信頼を置くべきかを知りたい。これら二人の観測者に、値を過大または過小に観測する傾向がなく、かつその誤差が単なる偶然によるものであれば、これら二つの観測系列は、極めて規則的(原文:不規則)な形状の二つの曲線で表すことができることは、すでに分かっている。
 理論上の考察から、観測の精度と回数が等しいと仮定すれば、それらの推移を表す2つの曲線は互いに重ね合わせることができるはずであり、一方、観測回数が異なる場合には、一方の曲線が他方よりも狭くなるはずであるということが導き出される。軸に向かうこの収縮の度合いは、観測回数の平方根に比例する。
 さらに付け加えると(これこそが本書簡の主眼)、各系列における観測の数が同数であっても、その観測の精度が等しくない場合、一方の曲線は他方よりも収縮したものとなる。軸に向かうこの収縮は、観測者の精度の高さに比例するものであり、その精度を測る尺度となるのである。したがって、我々の目指すべきは、曲線の収縮を評価する手段を見出すことである。私はそのための表を作成し、これを精度の尺度(scale of precision)と名付けた。この表は、可能性の表から容易に導き出されたものである。
 中数値からの偏差が限界範囲の0.01を超えない確率(注2)は、0.236548の2倍、すなわちほぼ2分の1となる。この0.01という偏差は非常によく用いられるものであり、「確率誤差(probable error)」と名付けられている。これは確率曲線の収縮度を測る尺度となり、ひいては精度の係数(modulus)となるものである。
 ある同じ建造物を、それぞれ異なる程度の熟練度をもって1,000回連続で測定した二人の人物を想定する。その観測結果を表す二つの曲線は、中数値に向かってそれぞれ異なる度合いで収縮することになる。では、精度の尺度となるこの収縮の度合いを、どのように評価できるかを見ていくことにする。まず、1センチ(*1)刻みで2つの観測系列をグループ分けすることから始める。すでに見たように、最も多くの観測値が含まれるのは中数値に最も近いグループである。次に、中数値から両方向へ向かって各グループの観測値を順次足し合わせ、その合計が1/2に達したところで加算を止める。この合計値に至るまでに、中数値からどれだけの誤差が生じているかを注意深く記録する。その距離が+(プラス)6センチ(*2)、および-(マイナス)6センチ(*2)であると仮定する。この限界の範囲内にある観測値の数と、範囲外にある観測値の数は等しくなる。 したがって、同じ観測者が再び作業を行った場合、その誤差がこの限界の範囲内に収まる確率を1対1(五分五分)と見なすことができる。この限界の大きさを、精度の係数として用いることになる。
 2番目の観測シリーズにおいても同様の手順で作業を行い、その確率誤差の限界が+8センチ(*3)および-8センチ(*3)であると判明したと仮定すれば、両者の相対精度は6対8であると言える。
(注2)この箇所よくわからない。巻末の「精度表」には、それらしい数字は出ている。一般には確率誤差には、0.6745 σが用いられている(記者)
 (書簡 XIX 天文学から引用した中数理論の適用例)
 これから紹介する例は、研究に極めて高い精度を誇る科学の一つである天文学から取ったものである。天文学は中数を頻繁に用いる。その優れた観測機器と確実な方法論は、天文学が他のどの科学よりも正確であり、したがって中数からの変動は常に極めて狭い限界内に収まるという印象を与える。
 観測者は、星の位置を3秒角または4秒角を超える誤差の恐れなしに特定できる。つまり、誤差の範囲は、せいぜい天球の細い帯の幅程度であり、それは糸を目から数ピエ(フランス・フィート)離れて置いたときに隠れてしまう程度である。しかし、この誤差を引き起こす原因は数多くあり、ここでは最も不利な仮説を立てる。すなわち、それらはすべて同じ方向に向かい、誤差が大きすぎるか小さすぎるかのどちらかになる傾向があると仮定する。このように、観測機器がどれほど精密であっても、そのすべての部分が完璧というわけではない。観測者の技能や経験がどれほど優れていても、その視力は絶対的なものではない。大気の状態は、多少とも観測に不利な場合がある。私たちは、自分がいる大気を通して星を見ており、光の屈折によって、星は実際に私たちが知覚する位置にあるわけではない。確かに、科学はこれらのずれを推定し、補正する手段を与えてくれたが、地平線に近づくほど精度は低下する。これらの誤差の原因、そしてその他の多くの原因にもかかわらず、熟練した天文学者は、優れた観測機器を使用すれば、(すでに述べたように)1回の観測で星の位置を3~4秒角以内の誤差で特定できる。そして、私たちは、すべての誤差の原因が同じ方向に作用する、最も不利な状況が重なった場合も考慮に入れる。このような誤差を恐れる必要はめったにないが、決定すべき数を正確に得られることもめったにない。
 以下の例において、改めて述べるまでもなく、過大な誤りと過小な誤りを犯す可能性は全く同等であると、引き続き私は認めている。私が用いる観測データは、グリニッジ王立天文台の刊行物から引用したもので、北極星の赤経の時角測定(determinations in time)に関するものである。ここでいう「赤経」とは、天の赤道に沿って測定した、星と春分点との角距離を意味する。この目的のために、私は1836年から1839年までの4年間に得られた北極星の観測データを用いた。これら観測データは章動、歳差運動などが補正され、特定の時角について計算されているため、小さな偶発的誤差の影響を除いては、互いに差が生じることはない。 
 次の表の最初の列は、観測値が平均値からどれだけ過大または過少かを示している。観測値をグループ化できるように、赤経の差が平均値から0.25秒(0S.25)から0.75秒の範囲内にある場合は、0.5秒と記した。同様に、0.75秒から1.25秒の間の差は1秒の変動としてまとめられている。以下同様。平均値から0.25秒以上差がない観測値は、平均値と等しいとみなされる。
 2列目に示されている各グループは、理論上ほぼ正しい構成になっていることに注目して欲しい。つまり、最も多くの観測値を含むグループは平均値付近にある。次に大きい2つのグループは平均値付近に位置し、それぞれ+0.5秒と-0.5秒の2つの差に対応している。その後、平均値から離れるにつれて、グループの[観測値の]大きさは減少していく。

 中数からの変動
による赤経の差
 観測数  観測数に基づく
変動の確率
 前述の数値の
精度スケール
によるランキング
 絶対値  相対値
 -3.S5
-3.0
-2.5
-2.0
-1.5
-1.0

-0.5

中数
+0.5
+1.0
+1.5
+2.0
+2.5
+3.0


 1
6
12
21
36
61
73

82
72
63
38
16
5
1
――
487
 2
12
25
43
74
126
150

168
148
129
78
33
10
2
―――
1000
.500
.498
.486
.461
.418
.544 
.218
.68
.100
.248
.377
.455
.488
.498
.500

45.5
35.0
28.0
22.0
16.6 
9.5
2.6
4.0
10.5
18.5
27.0
35.5
45.5

 観測数は487だが、82、73、72の3つの最大のグループ(合計227)を取り上げると、487の半分弱になる。したがって、私の前書簡からもわかるように、確率誤差は0.5秒をわずかに超える程度である。私はこれらの様々な結果について、より高い精度を求めよう。
 まず、2列目に記された観測の絶対数を、1,000回の観測を行った場合の相対数に置き換える。これにより、3列目の各数値は、実験結果に基づき、1,000回中何回の確率、つまり1列目事象に対応する各変動の確率を表す。したがって、0.148は、同じ機器と状況下で観測を行った場合、中数からの誤差が [+:記者]0.5秒となる確率を示す。
 第3列には、真の精度尺度が示される。それは、実験が十分に長期間にわたって行われていれば、その後グリニッジで同じ観測手段を用いて行われる観測に適用可能となったはずものである。私はこの尺度を用いて、第4列に示されている精度尺度を計算した。
 第4列は、第3列を用いて次のように作成された。第4列の末尾に書かれた500という数字から、第3列の反対側に書かれた2という数字を差し引いた。次に、残りの498から、同じく第3列の反対側に書かれた10という数字を差し引く。これを繰り返して、余りが100[168以下?:記者]になるまで続ける。この余りは、中数のグループに含まれる観測値の一部を表している。厳密には、平均値のグループには誤差が過大または過少において0.25(秒)を越えない観測値が含まれているため、この余りは168の半分に等しくなるはずである。また、グループの2つの部分は理論的には等しくなるはずである。さらに、全体の中数が必ずしも正しく計算されておらず、もう少し低い値になるべきであることもわかっている。次に、列の反対側から始めて、前述の計算と同様の計算を行った。今回もまた余りが68となり、既に得られた100に加えると168になる。 
 このようにして第4列が作成されると、経験的に、我々がさらされる誤差が第1列に示された限界を超えて中数から逸脱しない確率がそれぞれ異なることが示される。したがって、1,000回中418回、すなわち0.418の確率で、誤差が中数から-(マイナス:記者)1.5秒以上過少にならないことになる。同様に、誤差が平均値から1.5秒以上過大にならない確率は0.455である。
 厳密に言えば、0.418と0.455という2つの確率は等しくなるはずである。しかし、事後的に導き出された確率は、その確率を導き出す観測データの数が少ないほど、精度が低くなると考えられる。
 今後は、一連の観測データを得た場合、必ず上表と同様の表を作成することから始めるものとする。したがって、第3列と第4列には、これから扱う観測データに対する確率と精度の尺度が示される。
 表の最後の列は、前の列に含まれる数値をどのように使用できるかの最初の例を示している。これらの数値は、一般的な精度尺度における数値と順次比較され、その尺度における位置が確定されている。したがって、変動 -1.5 秒に関連する確率 0.418 は、22ランクの位置にある(注3)。これらの最後の数値は、5 番目の列にある。ここで、観測が規則的に進行しているかどうか、また、理論の指示に従って平均値から変動しているかどうかを確認でききる。数学的には、極端な項を除いて、差はほぼ等しくなるはずである。私たちが認識しているケースは、これである。なぜなら、ある項から次の項までの距離は、数値 6.5 によって十分に正確に表されていると考えることができるからだ。
 実際、この量を、初項が2.5である増加数列と減少数列の差とすると、極値を除いて、上の表の最後(*4)の列に含まれる数値とほぼ完全に一致する数列が得られる。これは下の表で確認できる。2列目はこのように計算された数値で構成されている。
3列目は、2列目の数値で示されるランクに従って、精度に関する一般表から抽出された数値で構成されている。これは、さまざまな変動の計算された確率を示している。
 2 列目と 3 列目は、上の表の 4 列目と 5 列目をある程度再現しているだけである。ただし、観測された数値を少し変更し、計算によって理論で示される連続性の法則に従わせた。3 列目は、これらの数値のうち 496 個が平均より 3秒 小さいことを示している。さらに小さい数値が 4 つあった。これは、4 列目の先頭にある 3.5 秒の変動に関する数値で示されている。486 個の観測値が平均より 2.5 秒小さい数値を示した。496 と 486 の差は、平均から 3秒 異なる観測値のグループを表している。この差 10 も 4 列目に記録されている。4 列目の他のすべての数値は、3 列目の連続する 2 つの数値差を取ることによって同様に得られる。

 中数からの変動
による赤経の差 
 計算結果に
基づくランク 
 計算(*5)に
基づく変動の
確率 
 各グループに
おける観測数
 計算による  実験による
 -3.S5
-3.0
-2.5
-2.0
-1.5
-1.0
-0.5

中数
+0.5
+1.0
+1.5
+2.0
+2.5
+3.0

 ―
41.5
35.0
28.5
22.0
15.5
9.0
2.5
4.0
10.5
17.0
25.5
30.0
36.5
―
―――
―
0.496
0.486
0.464
0.418
0.336
0.215
0.063
0.100
0.247
0.359
0.431
0.471
0.490
―
―――
 4
10
22
46
82
121
152

163
147
112
72
40
19
10
――――
1000
 2
12
25
43
74
126
150

168
148
129
78
33
10
2
――――
1000

 この第3列では、精度表に基づいて理論が要求する連続性を確立したが、実際の経験値とほとんど差のない数値を示している。計算と実験がこれ以上一致することは難しいだろう。この一致は、イギリスの観測者の技量の証である。
 もう一点付け加える。先ほど、北極星の赤経の0.5秒の差は、精度表では6.5ランクに相当することを見た。比例的に考えると、21ランクは1.61秒(*6)に相当するはずである。しかし、この21ランクは確率誤差を表している。つまり、平均値からの変動が1.61秒の半分、すなわち0.8秒を超えない確率は1対1である。したがって、ここでの確率誤差は、時角で0.8秒である。
(注3)499個白球500個黒球取出をランク1とし、その取出確率(最大値)、と累計値(この場合は取出確率に同じ)を記す。次に498個白球501個黒球取出率をランク2とし、その取出し確率と累計値(ランク1+ランク2の確率合計)を次列に帰す。次に497個白球502個黒球取出をランク3…と位置づけた表を巻末に掲載している。その累計確率を「精確性の基準」と名付け、それに対応するランクを表示している
 (第20書簡 算術平均が、人間の体格における真の平均的タイプであるか否かを見極めることについて)
 「剣闘士」(グラディエーター)は、間違いなく古代彫刻の最も美しい作品の一つである。芸術家たちがその自由かつ気高い形態を研究し、プロポーションや調和を把握するために、頭部や身体の主要な寸法をしばしば計測してきたのには、もっともな理由がある。
 彫像の計測は、見た目ほど容易な作業ではない。とりわけ、極めて正確な結果を得ようとする場合はなおさらである。例えば、胸囲を続けて10回計測したとしても、全く同じ数値が2回得られるとは限らない。得られる値は、本来求めるべき値から多少なりともずれているのが常である。たとえ測定値を過小あるいは過大に見積もるような傾向が一切ないという、最も好ましい条件下であっても、やはり同様のことが言えるだろう。
 もし我々が1000回でもやり直す勇気を持っていたならば、最終的には、データの収集に際して保たれた精度の程度に応じて、互いに異なる一連の数値群が得られることだろう。これらすべての数値の中数値は、真の値とほとんど違わないものとなるはずである。さらに、すべての測定値を大きさの順に分類してみれば、それらのグループが極めて規則正しく並んでいることに、我々は少なからず驚かされるに違いない。全体中数との差が最も小さい測定値が最大のグループを形成し、平均との差が大きくなるにつれて、対応するグループの規模は縮小していくからである。もしグループの連なりを線で描けば、その線は「確率曲線」となるだろう。実際、こうした結果はあらかじめ予見し得たことかもしれない。つまり、不慣れ、あるいは偶然(自己満足のためにこの言葉を好むならば)は、私たちがほとんど想像もしなかったような規則性をもって進行するのだ。
 ここで、中数との差が最も小さい500個の測定値が選ばれたと仮定する。これらすべての測定値のうち、最大値と最小値の差の半分が「精度の係数(modulus of precision)」、すなわち「確率誤差(probable error)」となる。実際には、この確率誤差が、わずか1ミリ・メートルのこともあり得る。その場合、1,000回の測定のうち500回は誤差が1ミリ未満であり、残りの500回は誤差が1ミリ以上という結果になる。したがって、新たにもう一度測定を行った際、その値が全測定値の平均(これは我々が突き止めようとしている真の胸囲とみなすことができる)から1ミリを超えて乖離しない確率は五分五分(半々)である、と言えるだろう。
 もし彫像ではなく生身の人間の胸囲を測定しなければならないとしたら、誤差が生じる可能性は、はるかに高くなるだろう。仮に1,000回の測定を行ったとしても、なお1ミリという程度の確率誤差に収まるかは、大いに疑問となる。呼吸という単一の動作だけでも、絶えず胸の形状や寸法を変化させるため、完全に静止した彫像の測定において作用する諸要因に加え、誤差を生じさせる強力な要因がさらに一つ加わることになるからである。しかし、そうした不利な条件があったとしても、測定値を大きさの順に並べれば、それらは極めて規則的な様相を呈するはずである。それらを表す線は依然として「確率曲線」となるが、確率誤差の大きさに応じて、水平方向に引き伸ばされた形になるだろう。
 ここで仮定をさらに修正し、1000人の彫刻家が「剣闘士」の像を、考えうる限り細心の注意を払って模刻したと想定してみよう。その結果作られた1000体の模刻像がすべて原像の完全な複製となり、それらを順次計測して得られる1000個の数値が、あたかもすべて原像そのものから直接計測されたかのように互いに一致するとは到底期待できない。最初の誤差要因に加え、模刻者たち自身の不正確さが入り込むため、生じうる誤差はおそらく非常に大きなものとなるだろう。それにもかかわらず、もし模刻者たちが特定の流派の偏見に従って特定のプロポーションを誇張したり縮小したりするような先入観なしに作業を行い、その不精確さが単なる偶然によるものであったならば、大きさの順に並べられた1000個の測定値は依然として驚くべき規則性を示し、確率の法則が定める秩序に従って並ぶことになるはずである。
 そのような主張をしても、私が窮地に陥ることはないだろうと言われる。なぜなら、必要とされる実験を実際に試みようとする者は誰もいないはずだからだ、と。しかし、本当にそうだろうか? 実は、その実験はすでに行われているのだ。そう、実に1000体以上の「複製像」について計測が行われている。それらが「剣闘士」の像そのものとであると主張はしないが、いずれにせよ、それとほとんど変わらないものである。しかも、それらの複製は生身の人間だったから、計測には誤差が生じるあらゆる要因が伴っていた。さらに付け加えるならば、それらの複製は数多くの偶発的な原因によって変形をきたしてもいたのである。したがって、ここでは相当な程度の「確率誤差」が生じると予想すべきだろう。
 ここで具体的な事実を取り上げる。『エディンバラ医学ジャーナル(Edinburgh Medical Journal )』第13巻には、スコットランドの各連隊に所属する兵士たちの胸囲を5,738件測定した結果が掲載されている。測定値はインチ単位で示され、1インチ刻みで大きさの順に分類されている。最小値は約33インチ、最大値は48インチである。これらすべての測定値の中数は、スコットランド兵の平均胸囲として40インチをわずかに上回る数値となる。この数値は測定値の最大グループ(最頻値)にも該当するものであり、理論が示す通り、他のグループはそこから離れるにつれて減少していく傾向を示している。ここで注目すべき値として、可能な偏差(probable variation)は1.312インチまたは33.34mmとなっている。
 人体計測経験がほとんどない人が、1メートルを超える胸囲を測定する際、33ミリ程度の誤差を生じさせることは、決して誇張と言えないであろう。さて、この程度の誤差が生じうると仮定するならば、ある一人の人物に対して行われた5,738回の測定値が、スコットランドの兵士たちに対して行われた5,738回の測定値と比べて、その数値の大きさの順序において、より規則正しく分布するとは到底考えられない。もしこれら二つの計測データ群が、どちらがどちらであるか明示されずに提示されたとしたら、我々は、一方は5,738人の異なる兵士から得られたものであり、もう一方は一人の人間に対して、より低い技能とより粗末な計測手段を用いて得られたものであると判別するのに、大いに困惑することになるはずだ。
 私が挙げた例は、大いに注目に値すると考える。それは、あたかも測定された個々の胸郭が、同一の個人――いわば理想的なモデルであり、その比率は十分な回数の試行によって確認されるもの――を原型にして型取って作られたかのように、実際に一定の結果が生じていることを示しているからである。もしこれが自然の法則でなかったならば、測定値は(不完全さはあるにせよ)確率の法則が示す驚くべき対称性をもって分布することなどなかったであろう。
 種の保存に関して自然が定めた数々の見事な法則の中でも、私は「型」を維持するという法則を最上位に置くべきだと考えている。私はすでに『社会物理学(La Physique Sociale )』において、人間の平均値を知ることを通じてこの型を特定しようと試みてきた。しかし、私の見立てに誤りがなければ、実験と推論によって私に示された事柄は、ここでは数学的真理としての性格を帯びるに至っている。
 同人種・同年齢の男性における人間的タイプ(平均的身体像)は極めて明確に確立されているため、観測値と計算値との間に生じる差異は――たとえそれらを引き起こしたり増幅させたりしうる数多くの偶発的要因が存在するとしても――ある個人に対して一連の測定を行う際の不馴れによって生じうる誤差の範囲を、ほとんど超えることはない。
 もし、過度の肥満や痩せすぎといった身体的特徴を持つ者は連隊への入隊を拒否されるではないか、という反論がなされるならば、私は次のように答えよう。たとえそれらの事実をすべて認めたとしても、数値の集まりを支配する法則そのものは変わらず、単に「許容される誤差の範囲」が広がるに過ぎない、と。この主張を裏付ける例を挙げることができ、また、事前の選別を行わずに多数の個人に対して私自身が行った測定結果を説明することもできる。しかし、私は、可能な限り他者によって収集された数値を用いるのが適切であると考えたのである。
 もしも人間の発達を支配する確率の法則というものが存在せず、すべてが偶然に左右されるものだとしたら(今度は私から問いたい)5,738人の胸囲を測定した際、その結果が確率の法則によって導き出されるものとは全く異なる順序で並ぶという事態について、吾々は1に対してどれほどの掛け金を投じることになるだろうか。

 (書簡第XXI 各人種はそれぞれ特有の型を持つ――この理論の適用)
 前回の書簡以降、その内容について極めてもっともな異論が提起されうるのではないか、と考えるようになった。例えば、屈強で大柄な兵士ばかりの胸甲騎兵連隊と、それより小柄な兵士で構成される軽騎兵連隊を対象に測定を行うとしたら、私が主張したような測定手順の規則性は一体どうなってしまうのか、と問われるかもしれない。すべての測定値を混ぜ合わせ、大きさの順に並べ替えた場合、最も人数の多いグループが必ずしも中数値と一致するわけではないからである。
 私の答えは単純である。ここで挙げた例は、ある国民の測定対象となったすべての男性の中から、中数的な体格とは多少異なった二つのグループを抽出する場合に相当する。この場合、算術平均を求めることは可能であるが、それは真の中数値とは言えない。真の中数値というものは、すべての観測データに基づいて初めて得られるものだからである。私が確立しようと努めてきた法則を検証しようとするならば、恣意的な選別を行ってはならず、国民のすべてをそのままに対象としなければならない。したがって、特定の連隊だけを検討の対象にするようなことは避けるべきである。そうしてしまえば、体格に基づいて構成しうる数多のグループのうち、ある特定の体格を持つ一グループしか扱わないことになってしまうからだ。スコットランドの兵士に関して当法則が実証されたのは、測定が異なる連隊を対象に行われたこと、そして身長に比べて選別の影響を受けにくい要素である「胸囲」を対象としたことによるものである。また、あらゆる条件を平等にするためには、同年齢の男性のみを同様の検査の対象とするよう留意する必要がある。
 ようやくこの実験が可能となった。フランスの徴兵対象者は毎年身体測定を受けているが、ダルジャンヴィリエ氏は、10万人の徴兵対象者を身長差27ミリ・メートル(1プース-フランスインチ:記者)ごとに区分し、その分布状況を明らかにした。同氏の数値と我々の確率表を照合したところ、それらの数値は極めて規則的な秩序で推移し、中数値を挟んで左右対称に分布していることが分かった。言い換えれば、その数値の分布は、ある一人の人間を「確率誤差49ミリ」という条件で10万回連続して測定した場合に得られるであろう分布と、全く同じパターンを示していたのである。
 1.640メートルという高さを測定する際、49ミリの誤差が生じる可能性が五分五分であるとすれば、我々の測定は間違いなく極めて不馴れ(不器用)なものと言えるだろう。しかし、こう問うてみたいのである。フランスの徴兵検査において新兵の身長を測定する係官たちが、「剣闘士」の像を測定したとして、その誤差を49ミリ未満に抑えることができるだろうか?と。私自身は、それが可能だとは思えない。かの像は戦闘の構えをとっているため、その大きさを正確に把握するのは非常に困難である。正確を期すならば、解剖学の知識を持つ者が測定を行うべきであろう。各部位を個別に測定する必要があるし、それぞれの肢体がどのような位置関係にあるかを考慮に入れなければ、大きな誤差が生じてしまうからである。確かに、器用でこうした測定に慣れた解剖学者であれば、像が直立している場合とほぼ変わらない精度で「剣闘士」の身長を推定できるかもしれない。しかし、専門家でない人物にはそれは不可能であろう。状況によっては誤差が49ミリに達することもあり得ると言っても、決して誇張ではないはずである。
 したがって、たとえ彫像であっても、その身体を屈曲させるだけで、身長を測定する者に極めて大きな誤差を生じさせることになる。その結果得られる数値のばらつきは、ある特定の国のある特定の年齢層の男性全員を測定して得られる数値のばらつきに匹敵するほど大きなものとなるであろう。自然が人間の身長に及ぼす差は、多少なりとも身を屈めた姿勢をとるある一個人を、経験不足の者が測定した際に生じる差よりも大きくはない。
 つまり、あたかも「ある典型的な人間」が存在し、他のすべての人間がそこから多かれ少なかれ異なっているかのような状況にあると言える。自然は、理論が示すところの生きた実例を我々の目の前に提示しているのである。各民族は、その「中数」と、そこからの様々な変異を、アプリオリに(経験に先立って)計算可能な数値として示している。この中数値は民族によって異なり、時には同一国内においてさえ変動しうる。例えば、異なる出自を持つ二つの民族が混在しているような場合がそれにあたる。
 仮に明日、ある無人島に、身長1.80メートルのパタゴニア人のような長身の人種1,000人と、身長わずか1.40メートルのラップランド人1,000人を移住させたとしよう。その島の中数身長は1.60メートルとなるが、実際にその身長の人間は一人も存在しないことになる。身長順に分類すれば2つのグループができるだけであり、確率の法則は完全に当てはまらない――少なくとも見かけ上はそう思えるだろう。しかし、その違いは、異なる人種の人々、つまり異なる発達法則を持つ人々が混ざり合うことから生じるものであることがすぐにわかる。
 しかし、この例を退けることにはせず、むしろ役立ててみよう。身長が等しい1,000人のパタゴニア人を選ぶ代わりに、身長が1.80メートル超える者もいれば下回る者もいるような、ありのままの集団を対象にすると仮定する。彼らを身長順に並べれば、その配列が確率の法則に従って決まることはすでに知っている。もし1,000人のラップランド人についても同様のことを行った場合、その一部が身長の低いパタゴニア人と同程度の身長であるという事態が生じうる。そうなれば、それぞれの配列を示す2つの曲線は互いに重なり合うことになるだろう。この重なり合いは、混在する2つの民族の身長差が小さいほど、また両者がより無作為に選ばれているほど、大きくなるはずである。もし似たような人々の体格を測ったとしても、混在が起こったことに気づかないかもしれない。しかし、実験によってそれが明らかになるだろう。測定結果を表す曲線には2つの頂点(ピーク)が現れ、それによって平均身長の異なる2つの民族の存在が示されるからである。つまり、確率の法則には、人類学的に極めて興味深い問題の解明に寄与するという、新たな利点があると言える。
 私がこれまで述べてきたような事例は、ある特定の国の30歳の人々を測定する際に、性別による区別を一切設けなかったとしても、依然として起こりうるだろう。男性と女性では身長の分布曲線が異なり、両者を合わせた曲線は二つの頂点を持つことになるからだ。計算は、両性に属する者を区別するのに役立つかもしれない。
 ここで再び、先に挙げたフランスの徴兵対象者の例を取り上げよう。ダルジャンヴィリエ氏は、10万人を身長順に、かつ27ミリ刻みの区分に分けて配置する際、「1.570m未満」の徴兵対象者と「1.759m超」の徴兵対象者については、単に総数を示しているに過ぎない。すなわち、前者の区分には28,620人、後者にはわずか2,490人が含まれるとしている。しかし、その間にある7つの区分を用いることで、私は、身長不足を理由に不合格となった8つの区分に属する兵士たちと、1.759mを超える身長を持つ7つの区分に属する兵士たちを、それぞれ再構成することができた。
 さらに、確率誤差が0.049m約5センチであることも判明した。しかし、中数身長が1.62mであることを考慮すれば、この確率誤差が測定対象の量の1/33(*7)に相当することがわかる。スコットランド兵の胸囲測定に関する例では、1.016mの胸囲に対して確率誤差は33ミリであり、この場合の確率誤差は測定量の1/30に相当することがわかる(注4)。したがって、それぞれの測定値は、その大きさとの対比において、ほぼ同程度の精度を有していると結論付けることができる。また、数値の連続性に関する法則によれば、フランスにおいて身長が1.921mを超える者は10万人中わずか2人であり、1.297m未満の者は4人であることが示されている。
 この「連続性の法則」によって、私たちはさらに注目すべき事実を認識することができる。それは、身長不足を理由に不合格とされた人々の数が実際よりも大幅に水増しされているという事実である。このことは単に証明できるだけでなく、その不正の規模を特定することさえ可能である。公式記録によれば、10万人のうち28,620人が身長1.570m未満であるとされているが、計算上は26,345人となる。この両者の差にあたる2,275人が、不正な手段によって不合格にされたのだと推測するのは、極めて妥当なことではないだろうか。不合格になるかどうかという重大な利害状況では、身長を2センチや3センチ低く見せることは容易であるとすぐに理解できる。その一方で、小柄な志願者の代わりに適切な体格の人物を身代わりに立てるような場合、当局は寛大な態度をとっている。身長1.570mという境界線のすぐ上の区分に属する2つのグループを合わせると、ちょうど2,275人分が不足しているという点に注目すれば、この推測の妥当性はさらに裏付けられることになる。
 確率誤差を考慮することには、たとえ均質とは言えない一連の観測データ同士であっても、それらを比較できるという利点がある。7月の平均気温に関する第13書簡の例を計算してみると、その確率誤差は2.1度であることがわかる。一方で、北極星の赤経測定における確率誤差は0.8秒であることが判明している。したがって、グリニッジで行われる北極星の赤経観測の誤差が0.8秒以内であることと、ブリュッセルにおける7月のある日の気温が摂氏19度(誤差が2.1度を超えない範囲)であることとは、どちらも五分五分の確率(イーブン・ベット)であると言える。もちろん、状況が変われば(例えば観測地が変われば)、確率誤差も変わるため、この「賭け」の条件も同様に変化することは言うまでもない。
 外国の単位で表された一連の測定値がある場合、自分たちにとって馴染み深い測定尺度に合わせた別の系列にどう置き換えればよいか、判断に迷うことがある。例えば、スコットランド兵の胸囲は英国インチ単位で示されていたが、フランス人であれば、仮に2センチメートル刻みで区分したとしたら、その測定値がどのような分布になったかを知りたいと考えるだろう。一方、ドイツ人であれば、「ツォレ(Zoll)」単位の刻みで区分することを好むはずである(注5)。
 「可能性(possibility)の尺度」を用いれば、こうした新たな調整を容易に行うことができる。実際、提示された数値があれば、可能性の曲線(確率曲線と同じか:記者)を構築するために必要な手段はすべて揃っていると言える。この曲線が得られれば、曲線の面積を等幅の帯状に分割した等間隔の垂線群を、互いに平行ではあるものの、より広い(あるいは狭い)領域を囲むような別の垂線群へと容易に置き換えることが可能である。また、「可能性の表」を利用すれば、計算によってより簡便に目的を達成することができる。
 この種の応用において頻繁に直面する問題は、次のようなものである。ある一連の測定値が収集されており、その系列の限界値となる最小値と最大値が判明しているとする。このデータのみを用いて、他のすべての観測値をグループ分けすることが求められる。一見すると、これらのデータだけでは不十分なように思えるかもしれないが、実際にはそうではない。解決に必要な要素はすべて揃っているからである。例えば、フランスで測定された最も背の高い男性が2.12m、最も低い男性がわずか1.12mであり、観測対象の男性の数が100万人であると仮定しょう。この場合、身長に基づいて彼らをグループ分けする際、たとえ1センチ刻みで区分けする場合であっても、あるいは他のどのような方法をとる場合であっても、その分布状況を明らかにすることが可能である。まず明らかなのは、中数身長が両極値から等距離に位置し、結果としてそれらの算術平均となることだ。この中数身長はおよそ1.62mであり、測定された100万人の男性のうち、50万人(半数)がこの身長を上回り、残りの50万人が下回ることになる。10センチ刻みの10のグループに分布させた場合、我々の精度表によれば、中数を上回る5つのグループについて、16ランクの間隔を置いて次のような値が示される。

   身長1.62mから1.72mまでの男性 344,335人
    同     1.82m 同    478,586人
    同     1.92m 同    498,814人
    同     2.02m 同    499,974人
    同     2.12m 同    499,999人

 この表は、男性が体格の順に次のように分類されることを示している。

   身長 1.62mに 10cmプラスの男性 344,335人
    同     20cm  同    134,251人
    同     30cm  同    20,228人
    同     40cm  同      1,460人
    同     50cm  同       25人
    1人は2.12m以上

 平均値以下の 5 つのグループについても同じ分布が成り立つので、次のことが分かるはずである。
   身長 1.62mに 10cmマイナスの男344,335人
    同       20cm   同   134,251人
    同       30cm   同   20,228人
    同       40cm   同    1,160人
    同       50cm   同      25人
    1人は1.12m以下
(注4)この箇所の1/33と1/30は逆になっていると思う。
(注5)この箇所原書意味不明のため、英訳を採る
 (書簡第XXII 日常的出来事と非日常的出来事――怪物(異形のもの))
 「限界値」や「中数」を考察することの有用性については、すでに理解されたと思う。実際、大きさや量を評価しようとする我々のあらゆる概念は、概してこれら3つの要素に基づいていると言える。しかし、我々はしばしばさらに一歩踏み込んだ考察を行う。すなわち、両端の限界値に加えて、意図せずして「中間の限界」をも認識するのである。例えば、「確率誤差の限界」などがその好例である。この限界は、全観測数の半分を包含するに過ぎないため非常に狭い範囲となるが、我々はこれを「通常の事例」の範囲と見なすことができる。この限界の外側には、極端な事例ではないものの、日常の言葉で「大きい」あるいは「小さい」と区別されるような事例が存在する。ここには新たな限界が見出されるが、科学はまだこの領域を十分に扱っておらず、その扱いは極めて恣意的に決められている。そして、これら第二の限界のさらに外側には「極端な事例」が存在し、それらもまた「不可能」という限界によって画定されている。
 これらの限界は、人間や社会に関連する現象を捉える私たちの方法において、重要な役割を果たすはずだと考えられるだろう。それぞれの限界には、それに対応する確率が存在する。私は、先入観から必要以上に逸脱することなく、これらの限界を定義しようと試みる。
 まず、私が設定した限界を人間(man)の身長に適用する際には、以下の区別があることを述べておく。

  異常な過大限界        …巨人。
  通常の過大限界        …大柄な男性。
  確率誤差の過大限界 ―    …通常の大きさ。
  確率誤差の過少限界 /
  通常の過少限界       …小柄な男性。
  異常な過少限界       …小人。

 私はそこに3種類の限界を見出す。この点において私は一般的な慣用に従ってはいるが、誰もが気まぐれに極めて恣意的な値を付与している事柄に対し、より正確な評価を与えようと試みているに過ぎない。
 過大または過少の方向における確率誤差の限界は、確率1/2に対応するものである。これらの限界内に含まれる観測の数は、この確率に比例し、全観測数の半分を占めるということを忘れてはならない。
 通常の範囲は平均値の上下に広がり、その確率は0.4999999にまで達する。つまり、1000万人(*8)のうち、異常と見なせるのはたった2人だけであり、1人は過大、もう1人は過少ということになる。例えばフランスでは、王国で最も背の高い3人か4人を巨人と見なし、最も背の低い3人か4人を小人と見なすことができるだろう。ただし、彼らが規則正しく体格をしていると仮定した場合の話だが。
 「怪物」とも言うべきものが生じうるような極端な限界を定めることは、私には困難に思われる。我々が構築した可能性の尺度において、極めて大きいとはいえ有限の試行回数を想定し、中数値からかなり離れた限界値をとると、それに対応する確率は無視できるほど小さくなる。観測回数を無限と仮定すれば、中数値からの隔たりを同じく無限の距離まで広げ、それに対応する確率を求めることも可能だろう。しかし、こうした数学的な概念は、明らかに自然界のあり方とは合致し得ないものであろう。
 身長について考察する際、人間においてこれまで観察された最大または最小の大きさを超える限界値であっても、極めて高い確信をもってそれを事実と認めてよいように思われる。例えば、確かな記録によれば、フリードリヒ大王の親衛隊にはスウェーデン人の衛兵がおり、その身長はスウェーデン単位で8フィート半、すなわち、2.523mに達していた。一方、バーチ(Birch)の記述によれば、かつて身長がわずか16プース(フランスインチ)すなわち、0.433mしかない37歳の人物が存在したことがわかっている。有名な小人症の人物である「ベベ」(ポーランド王の小人)でさえ、それよりは背が高かったのである。
 平均身長を1.617mとすると、プロイセン王の巨人はそれを0.906m上回り、バーチが挙げた小人は1.184m低かった。さて、後者の測定値は誇張されているように思えるが、これを下限値として受け入れることにしよう。また、上限値として、平均身長に同じ差である1.184mを加えた2.801mを受け入れることにしよう。したがって、人間の身長の極限値は0.433mと2.801m、つまりフランスインチ単位で、約16プースと8ピエ7.5プースとなる。
 先に引用した数値を借用したビュフォンは、現実の自然における人体の大きさの限界を、身長2ピエ6プースから8ピエの範囲と定めるべきだと考えている。彼は、この幅は大きく、その差は甚大に思えるものの、一部の動物種においてはさらに大きな差が見られると付け加えている(『人類の自然史』、論文「小人」)。
 私はビュフォンが示したものよりもさらに広い範囲を認めるが、その根拠は、かの著名な博物学者が報告した観察結果にある。したがって、人間の身長については、次のような範囲が導き出される。
                     
  巨人の身長の限界     ……     2.801m
  大柄な男性の 同     ……     2.027
  標準より大きい者の同    ……     1.668
  中数身長          ……     1.617
  標準より小さい者の身長の限界…     1.566
  小柄な男性の  同     ……     1.207
  小人の     同     ……     0.433

 ここで私が採用した平均値は、フランスに関するものである。同国の男性の半数は、徴兵適齢期において、身長1.668mから1.566mの範囲に収まっている。男性1,000万人の中で、身長が2.027mを超える者はわずか1人、1.207mに満たない者もまたわずか1人しかいない。
 私が「あり得る最大(および最小)の限界」として設定した2.801mと0.433mという両極端な数値に到達するには、無限の数の男性が必要となるだろう。そして、これらの限界から外れる者はすべて、異形(モンスター)とみなすことができる。

 (追伸)
 前述の文章を書いて以来、私はある典型的な人物について自分で観察をする機会を得た。その人物はしばらくの間、二つの世界の注目を集めてきた。私が言っているのは、トム・サム(親指小僧)という大げさなあだ名で呼ばれているチャールズ・S・ストラットンのことである。私はこの幸運な機会を活かし、米国が欧州の人々の感嘆の的として送り出したこの有名な小人の身体の各部を、実際に計測することができた。「感嘆」と言ったのは、あらゆる社会階層の人々が、これほど熱心に一人の男を見ようとした例はかつてなかったと思われるからである。もしケプラーやパスカル、ニュートンがこの世に再び姿を現したとしても、この著名なアメリカの「将軍」の傍らにあっては、彼らなど取るに足らない存在に見えることだろう。確かに、いかに偉大な天才であっても、その「才能」自体を目にすることはできない。それに対して「体格」――とりわけ、誰の自尊心も傷つけることのない「小柄な体格」――は、より人々に受け入れられやすいものである。そこには、誰もが心置きなく称賛を寄せられる対象がある。
 しかし(恥を忍んで告白すると)、トム・サムは私の期待を裏切るものだった。私は一瞬、世間の風潮に流されて、彼を「偉大な男」と呼びたくなるような感嘆の念を抱かざるを得なかった。だが、厳格なまでに頑なに三度繰り返した計測の結果は、その「将軍」の身長が70センチであり、したがって私の定めた下限のはるかな限界内にあることを示していた。彼は、様々な身長の小人がその範囲に収まる二つの限界値の、ほぼ中間に位置している。
 また、これらの身体的限界は成人の小人症患者について定められたものであることにも留意すべきだろう。一方、「将軍トム・サム」は、彼を興行で見せている人々の言によれば、まだ14歳にすぎない。彼の評判に悪影響を及ぼす恐れさえなければ、喜んでその年齢を半分に見積もるところである。さらに付け加えるなら、彼はその小さな体格にもかかわらず、見事な均整がとれている。これほど優美な手や愛らしい足は、めったにお目にかかれるものではない。私が計測しえた数値と、様々な年齢の子供たちについて収集したデータを比較してみると、計測当時のトム・サムの体格は、生後14、15ヶ月の乳児とほぼ同じであることがわかった。ただし、腕は著しく短いものだった。小人症の人々には一般的に頭部や四肢が大きく発達している例が多いのだが、彼の場合はそうした特異な様子は見られなかった。ただ、上を向いた鼻、くっきりと窪んだ眼窩、そしてある種の茶目っ気と鋭敏さを感じさせる表情が、その顔立ちに独特の趣を与えていた。それは、ルーヴル美術館にあるティツィアーノの美しい絵画――カール5世の宮廷にいた小人を描いた作品――に見られる特徴と実に見事に重なるものだ。あの絵画は、小人という存在のあらゆる特質をある程度まで描き出している。もしあれがトム・サムの忠実な肖像画ではないとすれば、それは単に、描かれている人物像の年齢層が彼よりも進んでいるからにすぎない。
 身体的な異状、とりわけ体の大きさ(size)の異状で際立った特徴を持つ人々について、その正確な計測値が記録として残されていないことは、極めて残念なことである。身体の各部位の計測値を収集し、そうした異状によって特にどのような身体的均衡(プロポーション)が影響を受けているのかを解明できれば、興味深い知見が得られるだろう。我々は往々にして、こうした事柄を誇張しがちな世間の声をただ繰り返すにとどまっている。後世の人々が注目に値すると考えるであろう事象について、より正確な情報を彼らに伝えること――科学がその務めを果たすべき時は、とうに来ているのである。計算可能な自然界の偉大な現象の要素を正確に記録する実践が始まって以来、気象学、天文学、その他の物理科学は、確かに驚異的な性質を著しく失ってしまった。想像力は損なわれたかもしれないが、理性は向上した。詩においても、人間に関する事実と過度に関わるのを控え、その欺瞞に満ちたプリズム越しに物事を見るよう強いることなく、ありのままの姿を我々に見せてくれるべき時が来ているのだ。

アメリカの古書店から購入した大型本。表紙が外れていたので、製本をし直した。
[英訳が誤っていると思われ仏原書により訂正した箇所]
(*1 ) 英訳1/4インチ
(*2 ) 英訳:1と1/2インチ
(*3) 英訳:2インチ
いずれも換算が正しくなされていない
(*4 ) 英訳 「最初の」となっている
(*5)英訳では、「観測」に基づくとなっている。
(*6)英訳では、18.61となっているが、原書に従い訂正。
(*7)英訳1/32:インチ換算による誤差のためか
(*8)英訳は600万人となっているが、原文により1000万人に訂正

(参考文献)
  1. ガウス、カール・F 飛田武幸・石川耕春訳 『誤差論』 紀伊国屋書店、1981年
  2. 小杉肇 『統計学史通論』 恒星社社厚生閣、1969年
  3. ケトレー 高野岩三郎訳 『確率理論に就いての書簡』 (統計学古典選集 第五巻 栗田書店、194279年所収)
  4. 佐和隆光 『初等統計解析』 新曜社、1974年
  5. 吉田忠 『統計学 ―思想史的接近による序説―』 同文館、1974年
  6. Quetelet, M.A. ; Tr.from the French by Olinthus Gregory Downes Letters adressed to H.R.H. the Grand Duke of Saxe Coburg and Gotha : on the theory of probabilities, as applied to the moral and political sciences, London, Chales & Edwin Layton, 1845





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(2026/10/13 記)



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