「睦月、お前家に帰らなくてもいいのか?ご両親心配してるんじゃないか?」
「さっき携帯から電話したから大丈夫です」

 時刻は夜10時を過ぎている。
 矢切駅の地下モールで睦月が初めてアンデッドを封印したのを見届けた後に倒れた橘さんを急いで病院に運んだものの、見た目よりもずっと深かった傷に医師が即入院を申し渡したのだ。
 今は、傷の痛みより発熱の苦痛より疲労が勝っているらしくて、睦月と剣崎の前で橘は昏々と眠り続けている。

「けど、今日は2度も変身したんだろ?戦って封印もしたし、疲れてるだろ」
「戦ったって言うんなら、剣崎さんだって同じじゃないですか。それに俺の方が若いし回復力あるし」
「あーそういうの傷つくなぁ」
「だから、今夜は俺が橘さんの傍に着いてますから、剣崎さんだって帰って休んでくださいよ」

 ムキなる睦月に剣崎が苦笑を零す。
「そんなことしたら、俺が橘さんに叱られちまうよ」  剣崎が小さく呟いたのが聞き逃せなくて、睦月はまた少しむくれる。なにも剣崎まで子ども扱いしなくていいのにと。
「橘さんも叱るのなら剣崎さんじゃなくて、俺を叱ればいいのに」
 起こさないようにと小声で話しているけれど、小さな個室には驚くほど響いて聞こえてしまう。


「橘さん、いつ目覚めるのかな?ちゃんと目を覚ましてくれますよね?」

 睦月が少し不安になる。あまりに静かに橘が眠っているから。
 思わず剣崎も睦月の隣に座って、白いシーツが僅かに上下するのを確かめて安心する。

「ああ、橘さんて眠ってるときはいつもものすごく静かなんだぜ」
「へえー。いつも?」
「って言っても、BOARDにいた頃くらいしか知らないけど、あの頃もこんな風に静かに寝ててさ」
「目覚めるかどうか不安になったとか?」
「うん。まあ、いつもちゃんと起きてくれたから、今回も大丈夫さ」

 あまりの静かさに、橘は夢の中でどこかに行ってしまったように見える。
 睦月はそれが寂しくて、頭を橘の体に触れないベッドの端にコトンと落とす。
 剣崎もあくびを噛み殺しながら、ベッドの端に突っ伏してみる。

「橘さーん、ゆっくり休んでくださいね〜。俺、もう沈没するかも」
「ずるい剣崎さん。俺も、ちょっと眠いのに」
「そりゃマズイよなぁ…」
「そーですよ。橘さんが目覚めた時、ひとりだったら寂しいじゃないですか」
「寂しくないぞ」
「「え!?」」

 橘が痛みに眉を寄せながら、かすれた声で答えた。

「煩いぞお前達。…心配かけさせたな。すまない。ありがとう」
「そんな、俺たちのことは気にせずにちゃんと怪我を治してください」

 剣崎が言うと、またすぅっと橘が眠りの中へ入っていく。
 夢の中へ行くのなら連れて行って欲しい。そう思って剣崎と睦月も橘に近い場所でそれぞれうたた寝の準備を始めた。


 翌朝、個室とはいえ病院に泊り込んだのを橘さんと看護士さんにキツく叱られた…というのはまた別の話。



end



橘さんに懐いてる犬が2匹。(笑)

2004.07.27


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