あなたの好きなもの


「もう春なのね」

花屋の店先で眩しく輝く花に、嬉しそうに目を細めるマリュー。
時折吹く冷たい風に負けないように、強い芳香を漂わせている黄色い花、白い花、赤い花。

「フリージア、好き?」

後ろから覗き込むムウに、マリューは少し首をかしげて苦笑する。

「この花、フリージアって言うの?」
「知らなかった?」
「あまり興味が無かったから…」
「フリージア、スイートピー、ナルキソス、アネモネ、マーガレット、オレンジューム、チューリップ、カンガルーポー、ヒペリカム、カサブランカ、ストック…」

指差しながら名前を呼んでいくムウは少し得意気。
初め目を丸くしていたマリューだったが、やがて茶化すように笑う。

「どれだけのお花を女の子にプレゼントしてきたの?」
「あ、酷いなぁ。昔、家に出入りしてた庭師に教えてもらったんだよ」
「ホントかしら?」

ガラス張りのケースの中には、小さくまとめられた花籠がいっぱい並んでいる。
色とりどりのそれを眺めているだけで、二人はしあわせな気分になれる。

「気に入ったのがあれば買ってあげるよ。どの花が好き?」
「みんな好きだわ」
「じゃあ、全部買う?」

冗談なのだろうが、ムウの目を見てると冗談に聞こえない。

「ねえ、ムウは?どの花が好きなの?」
「俺はマリューが好きな花が好き」
「そういうのって、主体性が無いんじゃないの?何でも私に決めさせようとしてるみたい」
「そーかなぁ?」
「そうよ。あなたが好きな花は何?」

ムウはほんの少し考え込んで、「思い出した」と小さく呟く。
オレンジ色のチューリップを指差して、

「庭師のおじさんが野生のチューリップが好きだって言ったんだ。これよりもずっと小さいヤツ。その時、家にはチューリップを植えてなくて」
「それを植えてもらったの?」
「いや、俺がこっそり庭にすみに植えたんだ。春になったら驚かせてやろうと思って」
「喜ばれたでしょう?」
「ああ、とても、ね。でもさっきのマリューみたいに言われたよ。自分が好きな花を探しなさいって」

ムウはそのときの戸惑いと同じに、困ったように頭を掻いた。

「俺は、その庭師がとても好きだった。だから、同じものを好きになりたかった。他の花じゃ意味が無かったんだ」

優しい少年の話。
マリューがムウの腕に掴まると、立ち尽くしたままの少年を捕まえたような気がした。

「ムウ。あのね、私はフリージアが好きみたい。最初に春を教えてくれた匂いが好き」

ムウの瞳が細くなるのは、柔らかな日差しが眩しいからだけじゃなかった。

「じゃあ、フリージアのブーケを1つプレゼントしましょうか、お姫さま?」
「ええ。ありがとう。またお花の名前を教えてくださいね」

ムウが店員にフリージアのブーケを頼んでいる間、マリューがこっそりと買っていたのは野生のチューリップの球根。


本格的な春まで、あと少し。



end



相手の好きなものを好きになる、というのは、その人と共通点が欲しいから。
2004/02/21 UP


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