オフラインで発行したムウ帰還話のアフターストーリーです。
想い出を置き去りにして
「どうして、人は生まれてくるんだろうね?」
眩しいほどの星空。
冷たく湿った潮風がムウを彫像のように凍りつかせている。
最近、一人になりたがるのはマリューではなくムウの方。
大海原を往くアークエンジェルの中では、そう探すことも無いけれど。
「たまたま、でしょう?」
「あれ?マリューはもっと運命だとかそういうことを言うと思ってたんだけど?」
「あなたに会うため、なんて言ったらウソになっちゃいますもの」
ふふっと笑って、マリューもムウの隣に立つ。
甲板の手すりにもたれかかりながら、同じように空を見上げる。
月の無い夜空には、白い河の流れが美しい。
「たまたま、なのよ。私があなたに出会ったのも。あなたに出会う前までは、別の人を愛してたもの」
「何か、理由があるんじゃないの?そういうのも」
「無いわよ。理由なんて、後から考えればいいじゃない」
吐く息が白い。
ムウの手がマリューの腰に回って、引き寄せられる。
冷たい風が、マリューに当たらないように。
「じゃあ、ラッキーなんだ。生まれてきたことも、君に会えたことも」
「そうね。ただの偶然で、とてつもなく幸運なことね」
マリューの指が軍服の襟元を探って、銀のロケットを探り出した。
鎖を解いて、手のひらに包んだまま、指の上からそっとそれに口付ける。
「私が運命を信じてた頃の人よ。とても大事な人だった。とても愛しい人だった」
「今も、その彼がいたら、会いたい?」
「…ええ」
ムウに預けていた身体を離すと、マリューは暗い海へ手の中の想い出を落とした。
一度だけ、カツンと音がして、消えた。
「いいの?」
「いいの。あなたに話したから、もういいの」
銀の想い出は、海から立ち昇る白い河に吸い上げられるだろう。
「生まれてきたことも、あなたと出会ったことも、すごく幸運なことだから。きっとこれからも幸運が続くわよね」
憂いの無い笑み。
想い出を置き去りにしたのは、忘れる為ではなく二人で抱えるため。
「そうだな。自分の幸運を信じていれば、生きる理由は後からついてくる、か」
もう一度、ムウはマリューを抱き寄せた。
温もりも、何もかもを分け合えるように。
End
オフライン発行本「The Road to Nowhere」後話。
ムウは生還していますが、マリュに並ぶ程の大切なものを失くしました。
ちょい暗めなのはそーゆー理由です。
2003/02/01 UP
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