渇望


 皆疲れている。
 オーブを守るための戦闘。今日はなんとか凌ぐことができた。
 でも、明日は…。
 忘れようと思っても忘れられない、アラスカ防衛戦時の余裕の無い戦闘が甦る。
 戦う為に、休まなくてはならない。
 解かってはいても、目も、頭も、冴えるばかり。

 物思いに沈んでいると、突然アラームが鳴る。
 小さな音なのに、誰もいないブリッジに大きく響いて一瞬呼吸が止まる。
 艦長席の左下のモニターからの呼び出し音は、格納庫からの直通。

 こんな夜中に。

 …今朝の出来事を思い出して頬が熱くなるが、緊急かもしれない。
 モニターを弾いて、回線を開く。

「はい、ブリッジです」
『あ…、何やってんだよ?艦長』
「何って…少佐こそ、どうかなさったんですか?」
『別に。整備終わったところ』
「お疲れ様です。今日は、本当に」

 モニターから彼の姿が消える。何かが当たる音。壁にもたれているのだろう。

『何?ストライク?大きな初心者マークだよな。ちゃんと動いてくれたんで、アレもなかなか面白いよ』
「何にでも乗っちゃいますね」
『今、一番マリュー・ラミアスに乗りたい』
「…馬鹿」

 軽すぎる誘いに、吹き出してしまうと、モニターの向こう側からも笑う声が聞こえる。

「疲れてない、とは言わせません。ほんの少しでも休んだほうがいいでしょう?」
『うん…』

 曖昧な返事。

『それは艦長も同じじゃないですか。何故休まない?』

 優しい声。
 解かっているくせに。私のことなんて、見透かしてるくせに。
 私は、この声に、安らげる。

「甘えてもいいですか?」
『どうぞ』

「眠れないの」
『俺も』

 胸が熱くなる。
 体中が熱くなる。
 彼に望まれている以上に、きっと、私も彼を望んでいる。
 こんなに、飢え渇いていたなんて。
 もう、咽喉が貼り付いて、声も出ない程に。

『今から、そっち行くから』

 それだけ言って、通信が切れる。


+ + + + + + + + + +


 艦長席から立ち上がろうとしてるのに、足が動かない。
 俯くと、自分の鼓動だけが大きく聞こえて、落ち着こうと大きく息をすると、それが余計に緊張を呼んで。
 頬が熱い。きっと、耳まで赤くなっている。

 パシュッと音を立てて、背後のドアが開く。
 靴音が止まる。

「艦長」

 優しく呼ばれると、私の中の何かが崩れていく。
 立ち上がり、振り返り、ゆっくり進んで、彼の肩にしがみついた。
 肩に、背にまわされた彼の手のひらが熱くて、自分の身体の冷たさに気付く。
 暖めて欲しい。
 見上げると、空色の瞳。
 ゆっくり近づいて、唇を合わせる。
 隙間を空けると、すぐに熱く湿った舌が私の中に侵入してくる。
 求められたからだけじゃなくて、私も欲しくて仕方が無かった。
 ザラザラとした感覚の後は、温かな唾液で満たされて、何度も何度もそれを飲み下す。
 背に添えられた腕がふと緩むと、短く糸を引いて唇が離れる。
 少し、残念そうに、でも悪戯っぽく彼が笑う。

「さすがに、これ以上はここじゃダメでしょ」

 今朝の、あの後のブリッジクルーたちの照れまくった表情を思い出し、私もつられて笑う。

「本当は、こんなキスだって、ここではダメだと思うんですけど?」
「見せ付ける分には構わないんだよ。でも、ここから先は俺だけのものだ」

 嬉しそうに軽くついばむキスをして、耳元で低く囁く。

「俺の部屋行く?それとも君の部屋の方がいいかな?」
「私の部屋の方が…。まだ警戒態勢中ですから」
「そうだな。途中で呼ばれないことを祈りながら…」

 密着していた体が離れるのが少し寂しい。
 そう思うと、彼の腕が腰にまわされる。
 デート中のエスコートじゃないんだから、と照れる気分が甦る。

「あの、少佐?…誰かに見つかったら恥ずかしいのですが」
「また今更ぁ?そーゆー時には、艦長が具合悪そうだから部屋まで送るとか言うからいいんだよ」
「…すごい言い訳」
「半分本当。腰砕けてるよ、マリューさん?」
「誰のせいですか?」
「俺ぇ?」

 軽口が嬉しい。
 彼の胸に寄りかかって歩くのは、とても心地よくて。


+ + + + + + + + + +


 艦長室に戻りドアが閉じると、明かりを点けようとした私の手を制される。
 そのまま、後ろから軽く抱きしめられる。髪に口付けられる。

「少佐、あの、」
「もう少佐じゃなくて、名前で呼んでくれない?」

 愉しそうな低い声。それだけで身体が震える。

「初めてオーブに来た日にさ。俺、マリューの肩叩いたら、セクハラだって言われたの。憶えてる?」
「あ…気にしてました?」
「少しね。だって、いつも俺にだけ無防備なんだもんなぁ」
「そうでしたっけ?」
「そうですよ?」

 首筋に息を吹きかけられて、背中がぞくぞくする。逃げようとすると、抱きしめられる力が強くなって、うなじ辺りにキスを落とされる。
 その段になってやっと彼を慌てて止める。

「あのっムウ…シャワー浴びさせてください」
「えー?俺はこのままでもいいけど?」

 耳元で囁かれて、そのまま耳朶を噛まれる。
 鋭い痛みと、温い快感にのまれそうになって、懸命に理性を呼び戻す。

「ずっと戦闘だったり、その後もいろんなことがあって、汗や埃まみれなんですっ!だからっ」
「だから?いいのに〜別に」
「良くないです、私が…」

 急に恥ずかしくなって口ごもると、彼の手がようやく緩んで、開放される。

「いいよ。じゃあ、キレイになっておいで」
「少佐は?シャワー使われます?」
「君が終わったら貸して。で、少佐じゃなくて」
「ムウ」
「はい。よろしい」

 振り返ると、薄暗闇の中で彼がニコニコと笑ってるのがわかる。

「楽しいそうですね」
「君と一緒にいられる時間がね。さ、行っておいで」

 優しい声が、幻想と現実の間を自覚させてくれる。
 こんな幸せな時間、確かに近づくタイムリミットがあることを。

 彼の熱い視線を避けるように、シャワールームに入る。
 見えないところにいたからって、薄いドア一枚の向こう側にある彼の存在感は大きい。
 これから起こる事、自分が望むことを思うと、鼓動が早くなる。
 大きく深呼吸をして昂ぶる気持ちを抑えようとして、抑えきれず、諦める。
 鏡に写った少し疲れた顔の私。化粧を落として、軍服を脱ぐ。
 ジャケット、スカート、靴、ストッキング、アンダーシャツ、下着、最後に銀色のペンダントだけが残る。
 軽く握ってから、そっと外す。
 今まで、ずっと傍にいて私を護ってくれた。
 これからは、心の中に。

 シャワーを浴びてしまえば、私は本当に私だけ。
 こんな場所じゃなかったら。香水でも纏うのに。
 でも。何も無くても。いいですよね?
 伝う水滴が今日の疲れも流してくれる。


+ + + + + + + + + +


 身繕いを整えて…さすがに裸はイヤなので下着の上にルームウェアにしていたタンクトップとホットパンツを着て、部屋に戻ると暗かった部屋はさっきよりはましな程度な明度になっていた。
 壁のモニターにオーブの、どこかの監視カメラだろうか?暗い夜景が映っている。

「何か、あったんですか?オーブに」
「何も。外の様子は気になるけど、レーダー映すよりはこっちの方がマシだったから。消してもいいよ」

 そう言って、彼は私と入れ替わってシャワールームに消える。
 私はモニターに映ったオーブの夜景に見入る。
 地球軍の攻撃を受けて、半壊したオノゴロ島。次に攻撃を受けたら、きっともうこの国は持たない。
 画面の遠い場所に見える強い光点は、洋上にいる地球軍の駆逐艦だろう。
 互いにNジャマーの影響を受ける今の状態では有視界攻撃しかできない。
 朝まで攻撃は無いだろう。
 殺伐とした風景なのに、それを確かめるだけで安心してしまうのは、自分が戦い慣れた軍人だから。
 彼が、部屋の明かりの代わりに、この映像を選んだ理由がよくわかる。

 カタンと音がして、シャワールームの扉が開く。
 振り返ると、上半身裸の彼がいて、慌てて目を逸らす。
 彼はベッドのカーテンを大きく開けて、端に腰掛けて、隣の開いたスペースをぽんぽんと叩く。

「マリューさん。一緒に寝よ」

 おどけた調子に、私の強張った気持ちが緩む。
 モニターをそのままにして、彼の傍まで進む。
 そう、初めてではないのだから。
 こんなに人恋しいと思う気持ちはとても久しぶりで。
 彼を愛したいと思う気持ちは鮮明で、もう、止められない。
 誘われるままに、隣に、座る。

「…何か、恐い?」
「恐いわ。言わなくても解かるでしょう?」

 得てしまうと、失くすのが恐い。

「ごめんな。それでも、欲しいものは欲しい。それに、君と繋がってれば、いつだって、どこにいたって、君の元へ帰れる気がする」
「帰ってきてくださいね、…必ず。それだけが、私の…」

 顎を持ち上げられて、口付けられる。
 初めは軽く、浅く、次第に深く、互いを確かめるように舌を絡めて。

 私を愛してください。
 いま、これから先、ずっと。
 あなたを愛したいから。
 いま、これから先、ずっと。


+ + + + + + + + + +


 目覚めると、私はケットに包まれていて、その上からムウの腕に抱かれていた。
 隣で眠る彼に、…抱かれて…、今何時!?
 首だけをデスク脇のモニターに向けると、そこに映っている風景は前に見たときとそう差は無かった。
 ベッドサイドのデジタル時計を見ると、0418、3時間程、眠れた。
 身体はともかく、頭はスッキリしている。この状況にしてはかなり回復した方だ。
 大きく息を吐いて、彼の胸に額を寄せた途端、彼の身体がビクリと震えていきなり目覚める。起こしてしまった。
 彼はとても驚いた顔で私を見つめて、次に時間を確かめてる。

「うわぁ…熟睡してたぞ、俺。眠れないかと思ってたのに」
「…おはようございます、ムウ」
「おはよう。ってか、大丈夫、マリュー?その、どこまで覚えてる?」
「どこまで……あ、」

 思い出して、頬がカッと熱くなる。
 何度も続けざまにせめられて、強すぎる快感に耐え切れなくなって、最後は自分がどうなったのかさえ覚えていない。

「記憶が曖昧ですけど、最後はやめてって言いましたよね…?」
「あそこでやめられる男がいるかよ。ものすごく感じてたでしょ?」
「し、知りませんっ!」
「あはは。ごめんごめん。気を失ってからやりすぎたーって反省した」

 ちっとも反省している口調には聞こえない。
 なのに、髪や背を撫でる手はとても優しくて。

「全然目、覚まさないし、汗かいたのか身体が冷たくなってるし」
「ああ、それで、私の身体をケットで包んでくれたのね」
「大丈夫…?眠れたか?」
「ええ、私も熟睡しちゃったみたいです。ごめんなさい、疲れてたみたいで…」

 言って、また羞恥心が甦る。
 こんな、行為の最中に、気絶するまで…はともかく、その後眠ってしまうなんてことは初めてだった。
 彼の、私を抱きしめる腕の力が少し強くなる。

「…ムウ?」
「もう一回欲しい」
「ダメですよ。もう起きなくちゃ、ね?」

 拗ねた目が可笑しくて、つい笑ってしまう。
 子供にするように、柔らかな金髪を撫でる。

「また今度、ね?」
「ちぇっ」

 彼は残念そうに言ってから上体を起こし、気だるさを払うように軽く伸びをする。
 姿勢の良い、均整のとれた身体。特別な感情が無くても、魅力的だと思うだろう。
 今更?
 思うことが遅すぎる自分に苦笑する。

「夜明けまであと1時間半か。大急ぎでシャワー浴びて、何か食っとこう」

 私だけのムウから、戦士の、ムウ・ラ・フラガの顔に変わろうとする瞬間。
 一瞬の間に、私の唇が軽く奪われてしまう。
 そして、ふっと笑う彼の瞳が、飄然としたものになる。

「ええ。守りましょうね、この中立の国を」

 応える私は、アークエンジェルの艦長の顔に変わる。


― いつだって どこにいたって 君の元へ帰る −

 必ず、あなたの帰る場所でいます。
 あなたと一緒ならば、けっして乾くことが無いこの望み。
 いつまでも続いて。



End



あさちゅんでごめんなさい。
ええとね。きぜつするほどやっちゃうと、よくあさおはだつるつるらしいんですけれど。
このあさのまりゅさんのおはだはつるつるってコトでヨロ。

2003/07/28 and 08/05 UP


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