I’ll remember I will…
「ウソっぽいですね」
「あれ?聞いてたの?」
格納庫から艦内通路に入ったところに、マリューが少し怒った顔でムウを待っていた。
オーブからの補給物資の詳細についてのミーティングをすることになってたのだが。
整備クルーたちとムウの雑談を、思わずこっそり聞いてしまったのだ。
「嬉しいなぁ、妬いてくれてんの?」
手にした大きなファイリングフォルダを半分、勢いよくムウに押し付けて。
「ここで立ち話では仕事が終わりませんから、フラガ少佐の部屋へお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「…了解」
笑顔なくせに苛立った口調のマリューに、ムウが飲み込んだ言葉は「ひょっとして、図星?」。
私語も無くムウの私室でファイルチェックが始まる。
完全仕事モードの2人。
元々事務能力の高いマリューと、軍装だけではなく機械的なことまで知識の深いムウが、茶々を入れずにてきぱきとすれば、雑務に近いその仕事もあっという間に片がつく。
分厚い紙束をデスクの上でトントン、と揃えているマリューに、先に作業を終えたムウがコーヒーを差し出す。
「ありがとうございます」
カップを受け取りながら、マリューは改めてムウの私室を見回す。
適当にちらかった部屋。
脱いだ上着はハンガーではなく、椅子の背もたれに無造作にかけられている。
床の上から高く積み上げられたファイルは、スカイグラスパーのマニュアルだろう。
操作に関するものだけではなく、整備やOSの解析データまで幅広い内容のもの。
…と、その一番上に、卑猥なポーズの女性写真が表紙の雑誌を見つけてしまう。
ムウが慌てて裏返すが、裏表紙も似たようなモノだったりする。
「嫌い…?だよねぇ?」
「男性ですから、仕方ないとは思っていますが。もうちょっと見つからない場所に置いててもらえます?」
言われて、次に隠そうとしたデスクの引き出しを開けると、そこにももう1冊…見つかってしまう。
大急ぎで中に突っ込んで隠してみてもあとの祭り。
「仕方ないだろ?」とムウが開き直ると、「仕方ないわね」とマリューは小さく肩をすくめる。
「先ほどのお話ですけど、本当なんですか?」
マリューが少し意地悪く聞く。
「あの格納庫での話?本当だよ。恋愛事じゃあ俺は撃墜されまくってんの。結構簡単に堕ちるってね」
若い整備士たちに囲まれて、女の子の口説き方の話題を振られたムウは、殆ど自分から口説いたことなんかないと言って笑ってた。
「つまりは言い寄られれば断らずって意味なんですね」
「そうとも言うかなぁ」
ムウの口の端に浮かんだ笑みは、軽薄そのもの。なのに見る人を惹きつけるのは何故だろう。
マリューが意地悪をしたくなってしまうのは彼への嫉妬から。
「空軍でも宇宙軍でも撃墜王で。ハンサムで出世頭で」
「で、いつ死んでしまうか解らないんだな」
さりげなく吐き出されたひと言に、マリューの背に冷たいものが走る。
言葉を失ったマリューに、困ったように笑うムウ。
「俺が、じゃなくて。パイロットが、だよ。次の出撃では生きて帰れないかもしれないっていう女の子がさ、抱いてくれって来るんだ」
「それで?」
「抱いちゃうわけだな」
「…女性に対して、失礼じゃありませんか?恋愛感情は?」
「あったりなかったり。まあ、その時には俺の女だから」
ムウの手のひらが強く握られる。その手に微笑みが向けられている。
きっと、握りしめた手の中に、彼が愛して、彼を愛した女たちがいる。
柔らかな笑みは、時折マリューにも向けられるものと同種の優しさに満ちている。
ムウの、愛する人だけに向ける笑みが、自分以外の女に向けられていて、やはり嫉妬のような感情がマリューの中に湧く。
「生きて帰れたらそれでまた続く。でも」
ふいにムウの笑みに寂しさが差す。
「だめだな。きっと俺が疫病神なんだ。誰も…」
「少佐…?」
「守りきれないんだ。いつも、この手をすり抜けて消えてゆく」
開かれた手のひらに何も無くて、笑みはほろ苦いものに変わる。
「だから本当は色恋沙汰は嫌いなんだ。自分から好きになったりする女なんて滅多にいないよ」
俯いて落ちかけた前髪をかき上げながら向き直るムウの瞳に熱いものを感じて、マリューは照れと焦りを隠しきれない。慌てて視線をそらす。
「で、では次に好きになる人は普通の女の子になさったらいいがですか?軍人じゃなくて」
「えぇ?機会が無いだろう?」
「でも、それならあなたが辛い思いをすることは無いでしょう?」
「案外、自己中心的だなぁ」
言われたマリューが小さく首をかしげて「そうかしら?」とつぶやくと、ムウは堪えきれずにクスリと笑う。
そして、ずいっとマリューに近寄って。
「で?艦長は?」
「はい?」
「俺のことばっかり聞いてズルイだろ。結婚観とか好きなタイプとか無いの?いろいろ参考にするから教えてよ」
「結婚なんて…ねえ?相手がいませんし〜?」
「そうですねぇ?」
軽いノリの聞き方に、マリューも思わず軽く答えていたが、ふと考え込む。
「…それでも…。そうね、私よりも絶対長生きする人じゃないとダメ」
「じゃあ何?君が死んだ後、相手を悲しませててもいいの?」
「いいの。沢山悲しんでもらうから」
「…本当に自己中心的だなぁ」
ムウがわざとらしく大きなため息をつくと、今度はマリューが「そうかしら?」とつぶやきながらクスクスと笑う。
「長生きする人、ねぇ。理想だな」
「寂しいのは、もうイヤですから」
2人の異なる様でよく似た経験則は、同情してもそれ以上にはなりえない。
苦すぎる過去話。
笑えなくても笑うしかないマリューに、ムウは遠い目でそんな過去を蒸し返す。
「本当は寂しくても構わないと思ってるでしょ?いつまでも忘れないから」
「そんなこと…」
「俺は忘れないよ。君も忘れなくていいんだよ。沢山でも、たった一つでも、忘れられるわけないんだから」
見透かしたようなムウの言葉と今までで一番優しい微笑を向けられて、マリューは戸惑いながらも、染み入る想いに固いものがほぐされてゆく。
「憶えていることが、俺たち生きている者の責任だろ」
悲しみも、苦しみも、ずっとずっと背負って生きてゆかねばならない。
重荷を分け合うことはできなくても、想いを分け合うことはできると。
マリューは隣で笑む優しい人と、一緒にずっと生きていければ…と考えて、すぐにその思いを打ち消した。
なぜなら、2人は、いつ戦場で命を散らすかもしれない『軍人』なのだから。
「それにしても、長生きする人かぁ〜キビシイなぁ」
「絶対条件ですからね。少佐も長生きすればいいんですよ」
「そりゃーそうだ」
冗談めかして笑っていても、話すうちに引きずり出される互いの本心。
書類の束が詰まったフォルダを手に、マリューが立ち上がる。
「参考になりまして?」
「なったよ。君が俺の理想の女性で決まりそうだ」
「…軍人の女はやめた方がいいって言いましたよね?」
「普通の女だよ、君は。向いて無いんじゃない?軍なんて」
ムウも立ち上がりその手からフォルダを取り上げ、先に部屋を出て行こうとする。
マリューを艦長室まで送るつもりなのだ。
後ろから聞こえる3回目の「そうかしら?」というマリューのつぶやきは、落ち込んでるのか怒っているのか、ムウには判断できなかった。
今日の言葉の空中戦は終わり。
どちらが勝利者かは曖昧なままで。
End
最初ごっつぅエロ話だったのですが、迷ってるうちにPHASE-31で挫折。
オフィシャルには敵わないということで。(笑)
2003/05/24 UP
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