ブリッジの、刺す様な空気の中、意を決してトノムラが立ち上がる。
「艦長、副長!お話があります!」

 突然の提案ではあるが、なかなか綿密な計画にマリューは感心してしまうが、ナタルは勤務中に何を考えていたのだ?とか言い出しそうな表情が崩れない。
 だがそれも、時折混ぜ込まれる「正論」に少しずつ萎えつつあったりする。

「しかし!何故今、そのような…」
「今だからこそ、です!このオーブにいる間はザフトからの攻撃もなく、補給や整備でそれぞれに忙しいとはいえ、緊張感に欠けることも事実です」
「…わかりました。それでは工場周辺の使用許可をお願いしてみましょう」
 マリューがサラリと短文のメールを打ち込み、オーブ軍・キサカ一佐へそれを送信する。
「艦長!?しかし…、私はこの最後の項目には賛成できません!」
「そうね。場合によってはこの項目は削除します。こっそりでいいわ。トノムラ曹長、あなたの『希望』を聞かせてください」
「え?…私の『希望』は…(ボソボソボソ)」
 トノムラの返答を聞いて、マリューは満面の笑みを浮かべる。
 と同時に、キサカから『了解』のメール。
「それでは、明日の朝7時、アークエンジェルクルー全員参加の早朝マラソン大会を決行します!…ナタル、あなたもがんばってね」
 ナタルの表情がキリリと、引き締まる。
「…了解しました!」


 直後、アークエンジェルクルー全員に緊急連絡メールが届く。

 早朝マラソン大会に参加せよ。
 明日朝7時スタート。
 場所はモルゲンレーテ工場外周公園、ノルマは1周500mのコースを10周(5km)。
 ただし、20周(10km)をトップで走破した者には『褒章』として希望が1つ叶えられる。
 ルール詳細はスタート前に発表。
 以上。
 J・トノムラ発案、M・ラミアス承認。


『AAいきなりマラソン大会!』


 昼頃には全員に連絡が行き届き、夕方の休憩時間にはここそこで大騒ぎになっていた。

 まずはヘリオポリス学生組。
「マラソンだって…やだなぁ〜サボリたーい!」
「サボルって…5kmじゃない、すぐに終わっちゃうわよ。きっと」
 フレイのボヤキにミリアリアが付き合ってると、男連中からもため息が漏れる。
「ミリィとフレイは…5km?俺もそうしようかなぁ〜」
「…トール、最後までメール読んでないだろ?俺たちの分には注釈が…」
 カズイは文書をわざわざプリントアウトしてて、それを皆に見せる。
 最後に1文が追加されてる。
『学生組(男)は10km強制。若いんだから』
 愕然とするトール。
「じゃあ、誰かがトップでゴールしたら、願い事がかなっちゃうんでしょ?がんばれば?」
 明るく提案するフレイに、キラが大きくため息を吐く。
「なんだよ、オマエは走るの速いんだから、10kmでも平気だろ?」
 サイのツッコミに、キラがパームトップPCから受け取ったメールを開く。
『キラ・ヤマト君には特別ルールが用意されているので、お楽しみに』
 さらに、そんな1文が追加されていた。

 AA格納庫。
 整備クルーたちは補給を受けた物資の整理整頓でまだまだ忙しかったが、ここでは私語し放題なので、話題は当然マラソン大会。
「俺たち、結構分がありますよねー!整備なんて体力勝負ですから」
「荷物担いだり、走り回ることもよくありますからね!」
「おいおい、単に頭使わねぇだけだろ?」
 大きな笑い声が湧き上がる。
「ま、ブリッジのクルーには負けないように!気合入れていこうぜ!」
 マードックが気炎を上げると、それぞれに「おー!」なんて返事が返ってくる。
 そこに、ムウがスカイグラスパーの様子を伺いにふらりとやってきた。
「あ、フラガ少佐!明日の朝が楽しみですねぇ!」
「ええ?うーん…ここのみんなは楽しみなんだな」
「少佐は速そうじゃないですか。当然10kmでしょ?」
「がんばってくださいよ!そんで『褒章』はやっぱ艦長殿とデートですか?」
 整備士たちがどっと冷やかしの笑い声を上がるが、ムウは頭を掻きながら苦笑う。
「俺、長距離苦手なんだな。5kmくらいなら誰にも負けない自信があるんだが〜」
「あ、じゃあ俺たちもがんばればトップ争いに食い込めるかも?」
「それなら『褒章』も狙えるか?」
「もちろん、艦長殿とデートですよ、オレたちも〜」
 ヘリオポリスの工場からマリューと一緒だった整備士たち。もちろんAA女性陣の中でも彼女はピカイチの人気なのだ。
 ムウが即ツッコミ。
「おーい待て待て!」
「待ちませんよ!本気で走ろうぜー!」
 賭けの対象が『艦長』になってしまっては、ムウも本気にならざるを得ない。
 いきなり場はそれぞれがライバル心を燃やして緊迫する。
「オレは〜大宴会のがいいんだけどなぁ〜」
 マードックが緊張とは程遠い口調で笑う。

 そして、ブリッジ。
「まさかバジルール中尉がオッケーするとは思わなかったよなー」
「ホントだよ。『褒章』って何でもいいんだろ?無茶な願いだったらどうするんだ?」
「ええぇ?おまえたち知らないのか?」
 インカムを使ってコソコソと話していたパルとチャンドラにノイマンもインカムでコソコソと応じる。
「バジルール中尉って…学生ん時、陸上で記録を作ったんだぜ」
「…よく知ってるわね、ノイマン少尉」
 またまたインカムでコソッと応じたのは艦長マリュー・ラミアスだった。
 その場にいた4人全員が顔を見合わせる。
 つか、ブリッジ全員でコソコソ話する必要はなかったりして。
「彼女は長距離でも記録を持っていたはずよね。きっと勝つツモリよ」
「…バジルール中尉が『褒章』を得ることになったら…」
「おいおいおいおい!ヤバいよっ!軍規強化とか言われるんじゃないか?」
「それ以前に、俺たちも本気で走らなきゃ後で言われるぜ〜」
 ガックリと肩を落とすパルとチャンドラ。
「そんなに力入れなくても大丈夫よ。きっと。それに伏兵もいるし」
「伏兵?フラガ少佐ですか?」
 ノイマンのツッコミにマリューはパタパタと手を振って笑う。
「いいえ、トノムラ曹長よ。彼も長距離の記録を持ってるの」

 そして、ウワサのトノムラは。
 カガリ姫に連絡を請うていた。
 丁寧に挨拶を交わして、本題を切り出す。
「明日、AAマラソン大会のジャッジをお願いしたいのですが…」
 姫は、ぐぐっと息を呑む。
 そして、ひと言。
「私も…、私も走りたいっ!!!」



つづく。(笑)



2003/05/07 UP


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