デッキへの扉を出ると、生暖かい湿った潮風に髪が流される。
 月も出ていない、真っ暗な…夜…。
 ほんの一瞬、フワリと足が浮くような、宇宙に戻ったかのような感覚が訪れる。

 デッキの中央あたりに、薄い影が見える。
 真夜中に、こんな場所に?
 そう思いながらも、探していたその人の名を呼ぶ。
「少佐?…フラガ少佐!?」
「…え?…ああ、艦長さんか」
 そっけなく答える声。
「…何をしてるんですか?危ないですよ、明かりも無しに」
 声をかけても、薄い影は動かない。動いてくれない。
「少佐!」
「こっち、来いよ」
「真っ暗で何も見えません」
「ん…じゃあ」
 影が動く。
 あっという間に近づいたかと思うと、いきなり私の手を取って引かれる。
「ちょっ、少佐!何を…」
「何もとって食おうなんて考えちゃいないからさ」
 その声色から、彼はきっと笑ってる。いつもみたいに。
 デッキの中央まで連れてこられたところで、突然手を離される。
「…ゃぁ」
 急激に不安に襲われる。
 何もない場所へ放り出されたような気がして、慌てて離れた手を探していると、指先がムウの髪に触れる。
 低い位置で。座ってる…?
「急に手を離さないでくださいっ!」
「ごめんごめん。恐かったか?」
「…恐くなんてないです!」
 きつく言い返してしまう。
 でもそれは彼のせいではなく、私のせいなのだが。
 何も言わず、動く気配もない彼の隣に、私も膝を抱えるように座る。

「ナタルに聞きました。カガリさんが見つからなかったときは、あなたがMIAに認定するつもりだったって…」
「…ふーん。聞いたかぁ」
 それは、昨夜の話。
 戦闘中行方不明になってしまった少女の捜索に当たったキラやムウだけでなく、クルー全員が一度は最悪の事態を考えた。
 MIAに認定するということは生存を絶望とし、捜索を断念するということ。
「何故?その判断は私がするべきものなのに」
「お嬢ちゃんが見つかってよかったねぇ」
「話をそらさないでください!私にそんな判断もできないと、そう思われたからですか?」
 私の判断が甘いから。私が弱いから。
 自分が情けなくて、彼に申し訳なくて、口調が強くなる。
 なのに、彼はそんな私の苛立ちをさらりとかわして。
「なあ、ラミアス少佐。…上を見てみろよ」
 のんびりとつぶやくムウの言葉に…、言われたとおりに視線を上げると。

 圧倒されるような星の群れ。

 宇宙空間で見るものとは全く違う表情をみせる星空に、言葉を失ってしまう。

「遠いよな。この間まで、俺たちあそこにいたんだぜ」
 どこか、懐かしむような。
「…どこにいたって、凍りつくような戦場ばっかだけどさ。それでも、俺には闇が暖かい気がする」

 そらにすいこまれてしまう。
 暖かな闇に包まれて、消えてしまう。
 誰が?
 私が?それとも、彼が?

− どこにも いかないでください −

 そう言いたいのに。
 さらさらと鎖が鳴る。
 無意識に、私の手は服の上から胸のペンダントを探ってる。

「ラミアス少佐…艦長さん」
 いつの間にか、暗闇に瞳が慣れて、ムウが私を見ているのが判る。
 優しい笑み。
「もっと、他人を頼れよ。みんな、アンタを信頼してる。同じくらい、信じてくれよ」
 ムウが私の顔を覗き込む。
 目は、口調ほど軽く笑ってはいなくて、真剣で。
「今、アンタは一人じゃないんだからさ。何でも一人で背負い込もうとせずに、俺のことも、もうちょっと頼ってくれよ」
「でも…」
 さらりと鎖が鳴る。
「大丈夫だ。俺は、どこにもいかないからさ」


 どこにも、いかない。
 私は。
 ただ、それだけの言葉を、どれほど望んでいたのか…。


 手を引かれて、倒れそうになって。
 肩を支えられて。
 そっと口付けられる。

 私は、ムウの目を見つめたままで。
 彼の瞳の色が、宇宙の蒼に似てる、そんな風に思ったら、目を閉じるのが惜しくて。


 胸を押すと、簡単にくちびるは離れる。
 紅潮する頬を隠すように俯くと、自然と声色が低くなる。
「…これは、どういう意味なのでしょーか?」
 指でピストルのカタチを作って、ムウの胸に当ててみる。
「えっとぉ〜励まし賃ってコトで〜」
「ばんっ!」
「うおーっ!やーらーれーたー!」

 わざとらしく大きくため息を吐いて立ち上がる。
「天体観測は終わりです!艦内に戻りますよ」


 声に出さないように、「ありがとう」と言ってみる。
 瞬間、目を細めて笑う彼。唇を読まれてる。

 ふざけて転がってるムウの手をつかまえて。



End


2003/04/06 UP


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